猫大好きかわいいから、あと牛も好きおいしいから、とはスチャダラパーの名曲ですが、二つのつながらないはずの「好き」がウルトラCな腕力でもって強制接続されると、「好き」と「好き」の論理的なつながりが一瞬外れて言語未満の世界が垣間見えたような気になりますね。 詩の破壊力は、ことばを使ってことばによる論理以前の世界をこじ開けてみようとするところにある、と思います。音楽や絵画も同じ機能を持つと思うけれど、それによって作られた秩序世界の限界をそれによって確かめることが出来る、その「それ」=ことばの凄さってことでもあるように思います。宇宙のはてのその向こうを見るために数式を駆使した結果、その時使っている数式の限界を超えてしまうような、論理的にはありえないことが正しさとして現前するというか。 じゃあ今までここにあると思っていた、ことばによって構築されていた世界ってそもそも何だったの?ってところが愉快じゃないですか。
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