先日留学生と話していて、帰化の話題になった。日本人学生も混ざっていて、帰化すると具体的に何が起こる?みたいな質問が出た折りに、留学生は驚くべき答えをした。
「帰化するってことは、日本人の名前に変えなければならないってことだよ」
うおーいマジか本当にそう思ってんですかとつい勢いよく突っ込むと、少なくともうちの界隈の留学生はみなそのような理解をしているという。いやいや。人権マターだから、それは微妙な領域に踏み込むことになるけど、たとえば日本人風の名前にしなければ日本国籍を取得することはできない、ということはないはずだと強弁した直後に附属の留学生担当部署に行って、尋ねてみた。
すると、「国籍を取得するってことは名前もそれ風に変えるってことでしょ」と驚くべき答えを出す人もいる。「いや、名前を変えさせるってことは人権マターじゃないの?国籍と名前は別じゃないすか」と突っ込みかけると、外国籍を持ちつつ日本で生活している職員が「名前を変えることなんて造作もないこと。国籍を変えることのほうが重要問題だ」とか言い出して、百花繚乱な場となった。ま、国籍と名前を同じに捉える人、名前のほうが大事だと捉える人、国籍が大事だと捉える人がいるようで、人権マターだと言う僕もかなり一方的な議論の仕掛けかたをしているなとは思った。
* * * * *
しかし、そういう個人のナショナリティへの向かい方はそれぞれあるとしても、やっぱり国籍を変えるときに名前を変えることを制度的に強制される、ないし事実上強制されるということがあったら、それは僕個人の倫理観としては強く違和感がある。ウィキペディア(「改名 - Wikipedia」の項目)によれば
とあり、この範囲では分からない話ではない。たとえば山形のような地域の力が強い場所では、いわゆる日本風の名前のほうが便利なことはあるだろうから、そのように薦めることはあるかも知れない。問題は、後半のような実態があるということだろう。なお法的な根拠があるのだろうかという疑問について、友人(carnation,lily,lily,rose+)に尋ねてみたところ、国籍法の範囲では法的根拠はないのではとのことだった。ここに、帰化に関する条件として名前の変更は記されていない。ソースは(国籍法より)。また法務省民事局のホームページ内にある国籍Q&Aも同様。
しかし、帰化申請に関わる法律事務所などの対応を見ていると、「日本人としての名前に変える必要がある」という記述に出会う。たとえばとある行政書士のページ内には「帰化後の名前の決定」という項目がある。
ここには「日本人としての名前に変える必要があります」と明記されている。ただしその名前は「常用平易な漢字」(常用漢字+人名漢字の範囲内でということだろう)内の好きな漢字を用いて、好きな名前をつけてよいとある。
また次の法務事務所のページ(【帰化申請】帰化申請のよくある質問/帰化申請や永住許可申請ならセインジャパン合同法務事務所)には「Q4.帰化許可後の名前は好きに変更できますか?」という項目があり、そのままでいいのか?というコーナーはない。一方で「Q5.帰化許可後日本風にした名前を再び韓国風に変更できますか?」というコーナーはあり、そこには次のように記される。
これって、改名事態が困難というよりも、韓国風の姓にクレームが付いているように思えてしまう。念のため、第107条より。
また掲示板でのQAを見ていると、次のようなそのものストレートな質問にもぶちあたった。「帰化の名前について - 教えて!goo」。ここでのNO.3の回答が、実体験を交えており興味深い。
「日本人らしい姓」を薦められるんだやっぱり…。「日本人らしい姓」って何だよ!と根の深さにため息が出つつも、この人が迎えた何とも言えない顛末に苦笑い…。が、ここまで頑張らないと受理されないのだとすれば、これは事実上名前の変更を強制しているということにはならないだろうか。姓だけでなく名はどうなんだろう。
この掲示板では戸籍事務をやっていたという方(No.4の方)が頼もしいコメントをしていらっしゃる。「日本人らしい名前を考えて欲しい」ということ自体が、違法ではないかというツッコミ。
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国籍法に何の定めもないということは分かったが、それにも関わらず、国籍取得の現場では名前の変更を促すことが事実上強制的に行われているように思える。国籍法に定められていないことを行政が勝手にするのは大題なのではないか?と思いつつ、問題は戸籍法との絡みにあるということか?命名自体にクレームが付くってことで?というと思い出すのは1993年の悪魔ちゃん事件(「悪魔ちゃん」事件概略)。リンク先には事件の発端・経過・顛末まで記されているが、気になったのは以下の箇所。
命名権は自由に行使できるが例外はある、というくだり。気になるのは「社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき、一般の常識から著しく逸脱しているとき」のあたり。ここにたどりつくのはおかしいのだろうか?法律専門家のご助言を強く仰ぎたいところ。
* * * * *
というわけで、現時点で分かったことは次の2点
(1) 帰化申請の現場では強く「日本風の名前」への変更を迫っているっぽい
(2) 帰化申請の際の名前変更には、国籍法の根拠がない
(3) 戸籍法にも根拠はないが、運用にはまた別の根拠があるっぽい
その別の根拠って何だよ?と思いつつ、ここいらでいったん休憩。相変わらず、憤ってます。
「帰化するってことは、日本人の名前に変えなければならないってことだよ」
うおーいマジか本当にそう思ってんですかとつい勢いよく突っ込むと、少なくともうちの界隈の留学生はみなそのような理解をしているという。いやいや。人権マターだから、それは微妙な領域に踏み込むことになるけど、たとえば日本人風の名前にしなければ日本国籍を取得することはできない、ということはないはずだと強弁した直後に附属の留学生担当部署に行って、尋ねてみた。
すると、「国籍を取得するってことは名前もそれ風に変えるってことでしょ」と驚くべき答えを出す人もいる。「いや、名前を変えさせるってことは人権マターじゃないの?国籍と名前は別じゃないすか」と突っ込みかけると、外国籍を持ちつつ日本で生活している職員が「名前を変えることなんて造作もないこと。国籍を変えることのほうが重要問題だ」とか言い出して、百花繚乱な場となった。ま、国籍と名前を同じに捉える人、名前のほうが大事だと捉える人、国籍が大事だと捉える人がいるようで、人権マターだと言う僕もかなり一方的な議論の仕掛けかたをしているなとは思った。
* * * * *
しかし、そういう個人のナショナリティへの向かい方はそれぞれあるとしても、やっぱり国籍を変えるときに名前を変えることを制度的に強制される、ないし事実上強制されるということがあったら、それは僕個人の倫理観としては強く違和感がある。ウィキペディア(「改名 - Wikipedia」の項目)によれば
また、日本の国籍を持たない人が日本に帰化するとき、国籍を取得したことを分かって貰うために改名を行う場合がある。 これは、帰化もしくは国籍を選択する際に薦められる行為であって、必ずしも日本風の名前に変更する必要は無い(とはいえ、実態として、日本風の名前に変えなかったことを理由に帰化を却下された実例がある。
とあり、この範囲では分からない話ではない。たとえば山形のような地域の力が強い場所では、いわゆる日本風の名前のほうが便利なことはあるだろうから、そのように薦めることはあるかも知れない。問題は、後半のような実態があるということだろう。なお法的な根拠があるのだろうかという疑問について、友人(carnation,lily,lily,rose+)に尋ねてみたところ、国籍法の範囲では法的根拠はないのではとのことだった。ここに、帰化に関する条件として名前の変更は記されていない。ソースは(国籍法より)。また法務省民事局のホームページ内にある国籍Q&Aも同様。
第五条 法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可することができない。
一 引き続き五年以上日本に住所を有すること。
二 二十歳以上で本国法によつて行為能力を有すること。
三 素行が善良であること。
四 自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によつて生計を営むことができること。
五 国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと。
六 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと。
しかし、帰化申請に関わる法律事務所などの対応を見ていると、「日本人としての名前に変える必要がある」という記述に出会う。たとえばとある行政書士のページ内には「帰化後の名前の決定」という項目がある。
帰化が認められ、日本国籍を取得した後は、帰化者は日本人として生活していくこととなります。ということは名前も、以前の国籍の際に使用していた名前から日本人としての名前に変える必要があります。 日本国籍を取得したのち、どのような名前を用いるかは、帰化者本人が定めることができます。 しかし、まったく制限なく自分の好きな名前をつけることができるというわけではなく、名前に用いる文字については次の制限があります。
ここには「日本人としての名前に変える必要があります」と明記されている。ただしその名前は「常用平易な漢字」(常用漢字+人名漢字の範囲内でということだろう)内の好きな漢字を用いて、好きな名前をつけてよいとある。
また次の法務事務所のページ(【帰化申請】帰化申請のよくある質問/帰化申請や永住許可申請ならセインジャパン合同法務事務所)には「Q4.帰化許可後の名前は好きに変更できますか?」という項目があり、そのままでいいのか?というコーナーはない。一方で「Q5.帰化許可後日本風にした名前を再び韓国風に変更できますか?」というコーナーはあり、そこには次のように記される。
帰下(ママ)許可後、一旦は通称名を氏名にしたが、その後人間関係や様々な事情から、再び韓国風の姓にもどしたくなる事もあると思います。戸籍法によれば、氏の変更は「やむをえない事情」となっています。しかし、判例によれば、なかなか困難な状況です。
これって、改名事態が困難というよりも、韓国風の姓にクレームが付いているように思えてしまう。念のため、第107条より。
第107条 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
また掲示板でのQAを見ていると、次のようなそのものストレートな質問にもぶちあたった。「帰化の名前について - 教えて!goo」。ここでのNO.3の回答が、実体験を交えており興味深い。
同じ職場に台湾から帰化した人がいます。
日本生まれで日本育ち、中国語は少し理解できる程度。 同国籍の女性と結婚したのを機に夫婦で帰化申請を提出しました。
数ヶ月した後、無事に帰化の許可が下りて 「さあ、何という姓にするんだろう」 と思っていたら、何と以前の台湾籍の時の姓をそのまま使用したいと言い出したんです。
その姓は 「頼」 です。
担当官は 「基本的には好きな性を選択できる事になっているが、日本人らしい姓をもう一度考えてほしい」 と回答したらしいです。
「日本人らしい姓」を薦められるんだやっぱり…。「日本人らしい姓」って何だよ!と根の深さにため息が出つつも、この人が迎えた何とも言えない顛末に苦笑い…。が、ここまで頑張らないと受理されないのだとすれば、これは事実上名前の変更を強制しているということにはならないだろうか。姓だけでなく名はどうなんだろう。
この掲示板では戸籍事務をやっていたという方(No.4の方)が頼もしいコメントをしていらっしゃる。「日本人らしい名前を考えて欲しい」ということ自体が、違法ではないかというツッコミ。
日本人らしい名前と言うのは、非常にあいまいなことですから行政が指導する範疇ではないと思います。
例えば、現トヨタ自動車の社長は「張」さんですが、これは、韓国にも良くある氏です。ですから、韓国籍の「張」さんが、帰化して「張」さんにするのはおかしいとは言えないですよね。それと同じことです。
因みに、行政手続法と言う法律があります。その一つの目的として、「法令に定めのない行政指導はしてはいけない」ということが定められています。「日本人らしい名前を考えて欲しい」と言う指導は、当然、法令に定められた指導ではありませんから、違法とも言えます。
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国籍法に何の定めもないということは分かったが、それにも関わらず、国籍取得の現場では名前の変更を促すことが事実上強制的に行われているように思える。国籍法に定められていないことを行政が勝手にするのは大題なのではないか?と思いつつ、問題は戸籍法との絡みにあるということか?命名自体にクレームが付くってことで?というと思い出すのは1993年の悪魔ちゃん事件(「悪魔ちゃん」事件概略)。リンク先には事件の発端・経過・顛末まで記されているが、気になったのは以下の箇所。
しかし例外として、親権(命名権)の濫用に当たるような場合や、社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき、一般の常識から著しく逸脱しているとき、または、名のもつ本来の機能を著しく損なうような場合には、戸籍事務管掌者(当該市町村長)においてその審査権を発動し、名前の受理を拒否することが許される。
命名権は自由に行使できるが例外はある、というくだり。気になるのは「社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき、一般の常識から著しく逸脱しているとき」のあたり。ここにたどりつくのはおかしいのだろうか?法律専門家のご助言を強く仰ぎたいところ。
* * * * *
というわけで、現時点で分かったことは次の2点
(1) 帰化申請の現場では強く「日本風の名前」への変更を迫っているっぽい
(2) 帰化申請の際の名前変更には、国籍法の根拠がない
(3) 戸籍法にも根拠はないが、運用にはまた別の根拠があるっぽい
その別の根拠って何だよ?と思いつつ、ここいらでいったん休憩。相変わらず、憤ってます。
コメント
これはほんとうにその通りと思いました!
ところで、申請時に名前の変更を迫られても、根拠となる法律がなければ、従う必要はないと思います。
仮に、従わないことを理由に法務局が申請を受理しなければ、それに対して法的手段はとれると思います。
というのは、裁判例を調べてみたところ、帰化申請に対する許可または不許可は「行政庁の処分」であると判断されていたからです。(昭和49年8月9日東京高裁判決。ただし、最高裁判例ではないので、先例としての拘束力はないんです。参考になる程度)
「行政庁の処分」に対しては、私たちは不服申立てや訴訟提起などの法的手段をとることが可能となります。
また、申請は受理したものの、他に理由(素行不良とか、難癖みたいなの)をつけて不許可処分がなされたとしても、それに対する不服申立てや訴訟も可能だと思います。
それから、名前の変更を勧めてくるのは何か根拠があるのかということですが、もしかすると、行政庁の裁量として行われていることなのかもしれません。
(裁量って、わりと広範囲で認められているイメージです。
なので、裁量権の逸脱・濫用と認められなければ、「裁判所は口を出しません」という傾向があります)
でも、あるいはなにか別の根拠があるのかもしれません。
先生に質問してみようかと思います。
名前の変更はいやだという強い意思が当事者にあって、周囲に援助者がいれば何らかの手段はとれるのでしょうね。
役所から「名前を変更してください」と勧められれば、手続をスムーズに進めたいために、よくわからないけれども従っておくという実情があるのでしょうか。
間違いなど多々あるかと思いますが、気づいたことをコメントさせていただきました☆
とても勉強になりました!
長々すみません。
↑
「申請を受理しない行為」は「行政庁の処分」にはあたらないです。
すみません。
「申請を受理しない行為」を、「一定の処分をしなければならないのにしていない行為(←申請を受理したのにもかかわらず、放置した場合が多いと思います)」とみなすことができれば、法的手段がとれるとはずなのですが、これもちゃんと確認してみます。
>それから、名前の変更を勧めてくるのは何か根拠があるのかということですが、
>もしかすると、行政庁の裁量として行われていることなのかもしれません。
>(裁量って、わりと広範囲で認められているイメージです。
>なので、裁量権の逸脱・濫用と認められなければ、「裁判所は口を出しません」という傾向があります)
「行政庁の裁量」の適用というのが、どういうものなのかピンと来ませんが、窓口の判断に
かなりの部分が任されているということなのでしょうか?ちなみに
行政書士山本直哉事務所のサイトでは、
「永住許可及び帰化許可は、許可要件が漠然としており行政庁の裁量が広範囲に及びます。」
とあって、きっとここに問題があるのだろうなという気はします。
また何か分かりましたら、ご教示いただければ幸いです。
古いエントリなのでいまは事情が違うかも知れませんね。ただ、地域在住外国人で私が知る幾人かの間では、いまでも「名前を変えれば帰化申請がスムーズに行く」と強く信じられています。彼ら彼女らが言うのは、申請に関わる(ビジネスのひと?)らの助言というのも大きいようですね。
一方でホスト社会は、山形の場合、日本旧来の家制度が強く働いているために、家族の強い希望で名前を変えることもあるようです。
34年この名前で生きてきて、いまさら改名を勧められて戸惑っています。
こちらの投稿がとても参考になりました。
改名はしたくないので、このまま申請を進めようと思います。
古いエントリへのコメントありがとうございます。5年経過しましたが、状況はほとんど変わりがないようですね。
どのような壁が立ちはだかるのかというところ、当事者ではない私には計り知れないところがあります。人権関係に強い専門家にお聴きいただくのが一番だと思います。
大変だとは思いますが、手続きがうまく行きますことを祈っています。