そんなにいい読者だったとは思わないが、20代には村上春樹を一生懸命読んだ気がする。文体が気持ちよかったということだけが人に言える感想だったのに、彼が小説を通じて伝えようとしていたメッセージが知らずに伝わっていたのかなと思えるほど、記念講演の要旨は響いた。小説家でなくとも、僕も卵の側に立ちたい。中国新聞・詳報から、要旨をコピー。
asahi.com(朝日新聞社):村上春樹さん、エルサレム賞記念講演でガザ攻撃を批判 - 文化によればエルサレム賞は63年に始まり、「社会における個人の自由」に貢献した文学者に隔年で贈られる、とある。賞の主旨には合った講演だが賞を贈る主体は撃ち抜かれている、と単純にとらえてよいのかどうか。
一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。
一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。
一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。
一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。
asahi.com(朝日新聞社):村上春樹さん、エルサレム賞記念講演でガザ攻撃を批判 - 文化によればエルサレム賞は63年に始まり、「社会における個人の自由」に貢献した文学者に隔年で贈られる、とある。賞の主旨には合った講演だが賞を贈る主体は撃ち抜かれている、と単純にとらえてよいのかどうか。
コメント
ただ、どうなんでしょうねえ、この演説の中で語られた制度論は、原則大賛成なんですが、それにしても、八〇年代ネオアカ的なナイーヴさを抜け出ているでしょうか。最後にお書きになっているような懸念、極端に戯画化してしまえば、「うんうんそうだよねえ悲しいねえ」と肯きながらでもミサイルのボタンに手をかけてしまうような主体の免罪符になってしまわないでしょうか、そんな風にも思います。
それはさておき、主体の免罪符になりはしないか僕も危惧はあります。その前に無駄に気になるのは、この場合の主体って誰なんだろうということです。エルサレム賞の主体がどこなのか、よく分かっていなくて。以下のサイトを見ると、エルサレム市長から任命された審査員が選ぶということしか分かりません。
[Jerusalem Prize - Wikipedia, the free encyclopedia](http://en.wikipedia.org/wiki/Jerusalem_Prize "Jerusalem Prize - Wikipedia, the free encyclopedia")
[the jerusalem prize](http://www.jerusalembookfair.com/the_jerusalem_prize.html "the jerusalem prize")
完全に政府と独立して受賞できることなんてありえないとは思いますが、歴代の受賞者の中には、主旨である「社会の中の個人の自由」なんすかほんとに?みたいな人も結構混ざっているわけで…。
で、キモ部分の肯定というわけでもないのですが「文学の無力さ」みたいな、開き直ったタチの悪さはけっこう好きです。講演要旨から漏れ落ちた部分にそんな戦略は隠れていまいかと、期待もするのですが。
読んでみて、要旨から読み取れたような「主体への抗議」よりも、戦争被害にあった人たちへのメッセージととらえたほうがいいのかなという印象を持ちました。
[2009-02-18 - しあわせのかたち](http://d.hatena.ne.jp/sho_ta/20090218 "2009-02-18 - しあわせのかたち")
[Always on the side of the egg - Haaretz - Israel News](http://www.haaretz.com/hasen/spages/1064909.html "Always on the side of the egg - Haaretz - Israel News")
「もし僕たちに勝利の希望がいくらかあるとすれば、それはかけがえのない独自性を信じ、自分と他の人々の魂とを互いにつなぎ合わせた「暖かさ」に頼るしかありません。(If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others' souls and from the warmth we gain by joining souls together. )」みたいな勝ち目の薄い戦いに目が行っちゃうあたり、まったくナイーヴだと思うのですが、でもそこしかないかなあとも思います。