僕が通い詰めるお店はなぜか潰れる、という呪いの法則があると思い込んでいたのだが、どうやら市場としてまっとうにパイを狙えていないお店を好きになってしまうだけなのかも知れない。思い返せば記憶に残る大好きだったお店は、確かにどれも脛に傷持つ系であったような気がする。店主が10回くらい転職してたどり着いた感じであったり、変な宗教にはまっていたり、極度のマクロビ信者だったり、資格なしであれしてたり、店員全員が不自然なくらいに無愛想だったり、それでも美味しかったり気持ちよかったりするお店に、なぜかたどり着いてしまうのだ。そしてそういうお店は、ある種の大衆性というかマーケティング的な当たりの要素を決定的に持っていなかったりするものだから、長続きしない。長続きするとしたら、たとえば社会不適合者が集まり続ける中央線沿線くらいのものだろう。それか、社会が俺に適合しないと言い張る者が集まり続ける中央線沿線くらいのものだ(後者のほうが本当の意味での社会不適合者)。
そんなわけで、行きつけているお店が長期休暇に入ろうものなら、途端に不安になってしまう。今朝も髪を切ってもらっているお店のブログを見て、長期休業は新装開店の準備と分かって安心したし、よくできたアンドロイドみたいな女の人がレジやってるパン屋さんも、ただのお盆休みだったと分かって安心した。元同僚に教わってまだ行っていない、コーヒー豆のおいしいお店があるのだが、話しを聞くだに上記のお店的な不安要素を持っているように思われる。行ったら行ったで、呪いの法則強化になりそうで怖いわけだが。
そんなわけで、行きつけているお店が長期休暇に入ろうものなら、途端に不安になってしまう。今朝も髪を切ってもらっているお店のブログを見て、長期休業は新装開店の準備と分かって安心したし、よくできたアンドロイドみたいな女の人がレジやってるパン屋さんも、ただのお盆休みだったと分かって安心した。元同僚に教わってまだ行っていない、コーヒー豆のおいしいお店があるのだが、話しを聞くだに上記のお店的な不安要素を持っているように思われる。行ったら行ったで、呪いの法則強化になりそうで怖いわけだが。
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