スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

韓国2日目

仕事で韓国に来ていて2日目。初めての韓国に興奮しまくるかと思ったけど、宿泊しているところが日本からの観光客に特化しているだとか、通訳の方付きだとか、街に出れば日本語サポートがしっかりしているだとかで、妙に日常感覚を引きずりながらの体験となって。 夕方、仕事がはけてご飯を食べてから観光客向けじゃない大衆サウナみたいなところ(チンジルバン)で、風呂→サウナ→オンドルの床でごろごろ→ゆで卵を食べる→風呂を繰り返す。一応やっとかなのアカスリは、うん、気持ちいい。 けどこの乗らなさは、やっぱり、韓国語勉強してないからだなー。基礎語彙くらい覚えておくんだった。その土地の言語でコミュニケーション取れないと面白くないなー。ダメだなー。異国がこれだけ乗らない初めての体験に、自業自得の大反省。 そして明日は、歴史問題を振られたらどう受け答えるか、考えておかないとだなー。

甲骨文字よりも早い時期の文字が発見?

「甲骨文字よりも早い時期の文字が発見」ということで各紙が報じているが、それらしき写真を掲載している情報元( 甲骨文字よりも早い時期の文字が発見_China.org.cn )をクリップ。あわせて画像確保のためのウェブ魚拓。 http://japanese.china.org.cn/culture/2008-10/24/content_16660985.htmの魚拓 。 中国の考古学専門家による最近の研究で、山東省昌楽県で出土した獣の甲骨に刻まれた600余りの符号には、その構成や分布に一定の法則があり、4500年前の早期の文字だということが分かった。 この写真がその「文字」であれば、「構成や分布に一定の法則」の解明が楽しみなところ。文字解読の話は、暗号を解読するかのごときスリルがあるよねえ。文字解読というと、どうしてもオカルトや古代超科学的な胡散臭さが想起されがちだけど、純粋に科学的な方法論による試行錯誤の積み重ねだから。というわけで、何度か紹介したこともある Amazon.co.jp: 線文字Bの解読 (みすずライブラリー): J. チャドウィック, John Chadwick, 大城 功: 本 、 Amazon.co.jp: 西夏文字―その解読のプロセス (精選復刻紀伊国屋新書): 西田 竜雄: 本 、興味がおありの方に。

chori-ssu!!

色々自業自得的にへこむことが多い日々であるが、今日なんかは日曜日に河原でブヨにさされたのがこじれて、足がエレファント化した上に歩くと超痛い。刺されたところは水疱を経由して、穴から黄色い液体がドロドロ出てるし、そのグロさ一見の価値なしのメジャー級。一ゾンビファンとして ゾンビピンナップカレンダー (グロ注意)の購入を一瞬検討した僕が、自分の足を正視するのにそれなりの勢いが必要なくらいである。おえー。 35歳にもなると自業自得でなくとも、ある種の世界のわびさびの切なさに、さしたる理由もなくへこむことも多いわけだが、今日ようやくとどいた渋谷語制作委員会編『渋谷語事☆典2008』(→ amazon )を読んで、海とか見たくなった。帯に「チョリ~ッス!!この本マジやばいっす!!」とある。海に沈む夕日が見たい。僕は学生が興味を持ってくれそうな言語資料として使えないかと思って、購入したのだった。それがこんなに切ない気持ちをもたらすとは思わなかった。挿絵が桃吐マキル画伯である。それだけが救いである。 もう帰って良いですか。

水村美苗「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」

水村美苗「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」(新潮2008年9月号)を読んだ。今秋刊行される7章にわたる第3章のみということだが、これで280枚あるというシロモノで十分読み応えがあった。 2008-10-18 - 東京永久観光 で掲載を知って、図書館ですぐに借りた。 * * * * * この小編は3つのパートに分かれる。第1パートがアイオワで世界中の小説家が集められ様々な言語で小説を書くという現場の体験談。多言語による小説生成の現場体験(多言語体験とは違う)がテーマ。第2パートがフランスで行われたシンポジウムでの講演を主軸した語り。二言語使用が強い言語/弱い言語といった非対称の営みであって、例えば弱い言語の使い手であるたとえば日本語話者である「われわれ」は、強い:フランス語/弱い:日本語のような構図にほとんど強制的に気づかされるという。でもグローバル社会たる今では強い:英語/弱い:フランス語という構図になりつつあるわけで、ようこそフランスわたしたち日本語は先輩ですよてなユーモアを交える。このパートではイディシュ語の使い手である聴衆から「日本文学のような主要な文学」と指摘されある種の保守回帰に傾きつつ次パートへ。第3パートは特に話が多岐にわたってまとめようもないのだけど、私に理解すれば、 「そのような非対称な世界は近代以前から山ほど存在していた。かつてのヨーロッパ社会では強い言語はラテン語でありあるいはフランス語であり、そうした言語は往々にして特に一部の知識層の手によって、とりわけ芸術・学問の領域において書き言葉として地域を超えて流通した(外から来て社会上部に流通する言語=〈普遍語〉)。一方現地で用いられる近代以前の母語=〈現地語〉はそのような意味での書き言葉にはなり得なかったけれども、国民国家形成と相互依存しながら強い言語の立ち位置を獲得していった。」 ということで、いわゆる「近代国語の成立」解説自体については僕が改めて記すまでもないことである。国語で内面も描けるし、芸術や学問で切ったはったができるし、国語に出世した〈現地語〉(の人工的な寄せ集め)はかつて〈普遍語〉から一方的に翻訳されるしかなかったところを〈普遍語〉たる英語に翻訳されて川端なんかはノーベル賞取れて良かったねという時代に突入するわけだ。が、筆者が言おうとしているのは、英語が出現したことによって、そ...

マンガ3題

上京二日目は図書館で調べたいだけ調べものをして、コピーするだけして、これで満足してはいかんと思いながら、買いたいだけマンガを買い込んで新幹線に。 評判の中村光『聖☆おにいさん』1、2(→ amazon )一気読み。うん、確かに笑えるんだけど、なんだろうこのモヤモヤした薄暗い感じは…。仏陀とイエスのさりげないエピソードの盛り込み方にいやらしさを感じるのだろうかと思ったけど、そうでもないな。テレビっぽい「ほらあなた目線のお笑い感覚ですよ」というおもねりと感じられてしまうところがいけ好かないのだと思った。『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』も最初笑えたのに2巻読んだ時点で食べ飽きてしまったので、たぶん僕にとってはそういうことなんだろうと思う。と中村光について講釈垂れる偉そうなオマエはいったい誰なんだと。 吉田秋生『海街diary2 真昼の月』(→ amazon )はすごく良かった。鎌倉に住まう3姉妹と、父の妾腹で山形からやって来た末っ子中学生の共同生活を軸にした家族模様の、ぎくしゃくとしながらも温かい心のふれあいを描く連作。最新刊では家を出て再婚した母を長女が「母」ではなくて「娘」としても理解する話が、表題作となっている。なんというか、僕は結構ガチガチの長男属性でしかも当然オトコなので、今ひとつ「気が回らない」レベルで理解できていないのだけど、でもたぶんだからすごく良いなと思うのだと思う。よしながふみの作品みたいな、「分かりやすいジェンダー話」じゃないところが、よしながふみはそれはそれで大好きだけど、吉田秋生っていいなあと思うのだ。マンガに限らず、「あるある」「分かる分かる」という喜びとは別に、自分に「ないない」「分からない分からない」が分かる喜びってある。 マンガ話で調子に乗ってもう一つ行くと、ここんとこ実家帰るたびパタリロ読んじゃうんだよね。大学生の時、ジョジョと平行してがんばってパタリロ集めていたことがあって。いま80何巻くらい?分かんないけど、10巻前後を読み返してみるとネタがすごい切れ味。今は今で熟練の噺家みたいな妙味があって好きだけど、ギャグがちゃんと笑えるのには驚いた。80年代の前半くらい。笑う僕がおかしいんだろうか。妹と仕事の愚痴り合戦やらないで、パタリロの話をすべきであったと気づく僕であった。

そんなの日本全国あるでしょうよ

というわけで堕天使の力により、偶然のタイミングで後輩と新宿飲み。なんかこう普段まず入らないだろうなというコジャレ系ダイニングバーに入ったら、メニュー見ながら山形ではこういうのないでしょう、だからこれにしませんかなどと上州の分際で上から目線でさんざん気にかけてくださるので、ありがとう、そうそうそのメニューはプロシュート地方に住むイタリア人のパルマ婦人が丹誠込めて育てたブタを生きながらにしてハムにした恐ろしい食べ物なのだよ、だから山形にはそんな残虐な食べ物はねえ!と返す刀で袈裟切りにしてやりましたれば賊うち転びて息絶えにけり。ははは仕留めたぞついに。しかるにキミはバカだ。大バカだ。楽しかったからまた飲みに行こう。また袈裟切りにするから。

ブラウザ経由で書類を送る

東京で師匠と共同研究の打ち合わせ。ブラウザ経由で書類を送信、って昨年もこんなだったっけ(昨年は功夫が足りなくて落ちた涙)。お役所指定の訳のワカランword文書がブラウザ経由でPDF変換されて作業完了~って、昨年もこうだった??一昨年だかにlatexの書式もできて訳もなくうれしい限りなのだけど、共同研究となるとやっぱりwordですよね…。研究もtexベースでやっている身としては、jis外漢字を中心として困ることが多いです。とはいえ、この手の企画書の予算に組み込まれることの多いパソコンを、たぶん師匠がらみの仕事としては初めて申請しなかったことは、別にハイパワーで新しいOS乗っけたPCがなくたって、仕事できるもんねという宣言のようで、それもまた気持ちがいいのでした。 それにしても、今年は書類を書いていて、この年でようやく少しだけ書き方のツボが見えたかも…と直観する瞬間が(通ってから言えよって話も。そしておせえよという話も)。