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マキネッタ

説明書に書いてあるとおり、3回くらい淹れてみて、なんとなくコツがつかめてきた。ミルクで割らなくてもいただける。

いつまで続くか分からんけども

出張エピソード最終話。秋田出身の年上の方と車の中で。 「ご実家ってどういう食卓だったんすか」 「うちは肉とかあんまり食べなかったなあ。ものすごいしょっぱい塩鮭とかならよく食べた」 「あー」 「それでご飯をたくさん食べるのが基本」 「秋田の内陸だと魚はあんましってことすかね」 「でもハタハタは飽きるほど食った。内陸なのになんでハタハタだけトロ箱にドーンって」 「あー」 「それを味噌汁に入れて塩鮭とかね」 「しょっぱい物好きって健康にどうなんすか」 「いいわけないんだけど、でも塩気が薄いと食った気がしないんで、何でもしょっぱかったなあ」 「野菜はどうなんですか」 「ぬか漬けに醤油かけたりしてたかも」 僕は祖母から聞いた食べ物の話で覚えているのが2つあって、1つが塩辛の烏賊。冬になると多めに作って壷に入れて屋外で保存したとか。高校生くらいの時に作り方を教わって、今もちょくちょく作る。もう1つがぬか漬けの話。戦災後に都内のボロ屋だかに住んでいた折、近所でものすごくおいしいぬか漬けに出会って、あんまりおいしいのでぬか床を少し分けてくれないかとお願いしてみたら即座に断られたんだと。昔は家々でぬか床の配合は秘蔵されていたものだとか、そういうエピソードだったと思う。しかしついぞぬか漬けは祖母から教わらなかった。 という話を思い出したりして、思い立ってぬか漬けを作ってみた。いまはぬか床も配合済みのセットがあって水を混ぜるだけ。昨晩から漬けてみたきゅうりを今朝取り出してみたものの、少し塩がゆるい。冬なのでまだ早かった。春夏がメインのぬか漬けだものなあ。

楊逸『おいしい中国―「酸甜苦辣」の大陸』

野村進『島国チャイニーズ』(→ amazon )に出てきた楊逸のエピソードが興味深く、芥川賞受賞作『時が滲む朝』(→ amazon )と『おいしい中国―「酸甜苦辣」の大陸』(→ amazon )を購入した。お風呂でダラダラ読んだのは『おいしい中国』。帯には、「中華料理で文化を味わう」「餃子」「腸詰め」「ワイン」などの文字が踊る。 すわよだれダラー、いやこの場合ダラーではなくユエンか、などと思うことはなくてですね、読んでみたら確かによだれユエンだったのだが、それ以上に文革で下放された知識人家庭に育った子どもの体験記でした。ハルピン都市部から思想改造のため農村にやられて、寒さに耐える話とか、カフェ本にない重厚さ。僕も学生時代に冬のハルピンに行ったことがあるが、零下30度くらいの激烈な寒さである。豆油がなくなって亜麻油を料理に使ったら家族が全員めまいを起こした、といったエピソードなのに、楊逸ってあっけらかんと書くので、ふわっと読めてしまうのね。 とはいえ別に政治的な背景はあくまでも背景でしかなく、メインは子供時代の楊逸視点からの活き活きした貧乏生活と、お母さんが作ってくれた料理の数々。ただしカフェ本っぽい装丁の本書からは良い意味で裏切られて、なんというか貧乏な時代に手をかけて作った家庭料理のオンパレードなのですね。油饼(→ 油饼_百度百科 ),烧饼(→ 烧饼_百度百科 ),酸菜炖粉条(→ 猪肉酸菜炖粉条做法[图解] )とか中国東北料理とか、読んでて山形市の中華料理店「好吃再来」(→ 好吃再来(ほ つ ざい らい) - 中華料理 (山形県山形市) | 山形まるごと情報サイト☆ヤマガタウェイ )を思い出し、近いうちにに行こうと強く思った。「好吃再来」の酸っぱい白菜の肉炒めは死ぬほどおいしいので東京の人とかも来るといいと思います。 それで、うまそげな中国東北料理が乱舞する中で、ひときわ興味を持ったのが「玫瑰饼」というもの。玫瑰というのはハマナスのことだそうだ(→ 玫瑰(当て字・熟字訓) (はまなす) - 関心空間 )。え?宗谷岬のあのハマナス?ということで、あの花は食べれるのですね。楊逸の本では、70年代になって改革開放政策(文革もう疲れたよ~)でちょいと福利厚生とかも大事じゃんの雰囲気のなか職場のピクニックでハマナスを摘みまくったとある。それをお母さんが...

扁炉

今年の忘年会は、扁炉(ピェンロー)をやろうといま心に決めましたので、関係者はどうぞよろしく。 扁炉 ピェンロー:妹尾河童さんによる旨すぎ白菜鍋 (←この写真やばすぎ)

法事・道教入り仏教

台湾2日目、台湾高速鉄道(新幹線)にて台南に向かう。 新幹線の中で見かけたシール。漢字文化圏を共有しながらのおもろいところは、お約束の「ずれ」ですね。 駅前には自転車(Giant)の人たちがたむろう。中秋節ということもあり、昼間はのんびりとしている。街中はロードバイクやクロスバイクをたくさん見かける。有名ブランドの自転車のパーツはだいたい台湾で製造されていることと関係があるか。 今回の台湾来訪のメイン、祖母の法事と親戚との交流、などなど。台湾のお寺は道教と渾然一体となっていて、お寺の屋根には道教のキャラクターがあしらわれているものも多い。もちろん仏像はある。 でも商売の神様、関羽も一緒に祀られていたりする。 法事では皆でお経を唱える。檀家は頭に入っているようだが、僕らには経典が渡される。読経は台湾語、おそらく文言音。日本のような単調なリズムではなく、跳ねるようにリズミカルに読み上げる。メロディもある。檀家は黒衣をまとう。お坊さんの指示するタイミングで、床に三叩頭。 祖母の位牌。お寺に位牌が陳列されているうちの、ひとつとなる。 骨壷はこんな感じ。つまりお墓センターみたいなものがあり、ロッカーにも見えなくもないところへ、完全封入される。ラオスの玉(ぎょく)でできた壷に収められた後、二度と開かないようにロッカーに封入される。その後、紙銭を皆で焼く。 その後、宗廟へ。母方の姓は頼というのだけど、頼の一族が宗廟を作って管理をしている。碑の記述によれば、清代に福建省から渡ってきたようだ。数えてみると僕で10代目らしい。 2代前が住んでいたという三合院。建物がコの字型に配置されている。北京の四合院の一つ欠けている形。 この日、一番の食べ物は肉そぼろや野菜を煮たものを、おこわで包んだもの。ひとつで十分お腹いっぱいになる分量。 豆醤(トウジャン)と組み合わせる。まあ正直、歓待の料理が続くと疲れるので、ほんとうはこれくらいで十分。 お約束の。

台北へ・ゲイパーティー

4人家族になってから初めて台湾に向かう。山形、東京、成田が一番長かったかな。台湾に行くのに気持ちのハードルが低いのは、自分にとって半分のルーツがあるということ以上に、成田からの飛行機が余り揺れないことにあるのではないかと思う。でも今回はいくつかのスポットでやや大きな揺れがあった。昨年の12月、インドネシアへの出張で飛行機の恐怖を不思議な形で克服してしまってから( niji wo mita: 恐怖を克服するために )、あれは夢なのかどうかもう一度本当に確かめないうちにはやはり安心するわけには行かないと思っていた。して、結果は、やっぱり克服できていた。揺れればいい気持ちはしないものの、以前のように体が硬直するような恐怖はない。生理的反応とすら思っていたことが、治療や事件がないままにある日を境にスパッと断ちきれて、違う世界を味わうことになろうとは人間は不思議なものだ。 台北桃園空港にて、村上隆チックなアートに遭遇。 * * * * * 初日、鳥スープのお店にて台北チームの親戚から歓待を受ける。 濃厚すぎ。激烈においしかった。どうも豚足も入っていて、それゆえにコラーゲンたっぷりなスープの表面になっているよう。 へちまとにんにくの炒めもの。沖縄もへちまは食べますよね。 このあたりはよくあるよくある。シャンツァイを食べたの、どんくらいぶりだろう。 日本では「法事などで山のような親戚に会って、顔と名前が一致しないけれど適当に話題を合わせる」みたいな体験に乏しい。台湾でのこれがそれなのだな、と思う。あなたのことは小学生の頃から知っている、誰々と喧嘩して大泣きした云々。僕が台湾に時折来るようになったのは23歳以降なので台湾を意識するのもかれこれ15年のこと、今度は15年前以降小さかった台湾の親戚の子供たちが大きくなって、僕のほうが君らのことは小学生の頃から知っている、大学での専攻は?などと聞く立場に。かわえーのー。 ホテルに戻り、僕と子供2人が眠った後、深夜の台北を妻は散歩していたらしい。翌朝、戦利品の傘を見せてもらう。ホテルの下の方のフロアでは、クラブでゲイの大パーティーが行われていたようだ。にぎやかなことで。

休日のクッパ

テイルスープでクッパを作る。上に乗っけたおかずはありあわせのもの。 下茹でしてからシャトルシェフで一晩熱を加えた。塩、酒、にんにく、生姜。テイル部分はホロホロ、脂身のところもプリプリかつさっぱりとしていた。塩を薄めにしたので食べる時に調味する。 牛骨(大腿骨)を一緒に煮込むといいみたいなんだけど、被災直後のスーパーでは売っていなかった。というかみんながカップラーメンとか買い込んでいる横で、我々は大量のネギやらにんにくやら、豚足やら牛テイルとかを買い込んでいたのだった。こういう時に何を大事にしているかが現れるよね(笑)。

いろいろメモ

久しぶりに子どもを預かる。奥さんが所用で大阪なので、子どもにご飯食べさせて風呂入れて寝かせて、みたいなの。東京にいた時にはよくあったことだけど、子ども2人という状況は初めて。奥さんの苦労が身にしみるわ、みたいな。たった1泊だけど。お母ちゃんお母ちゃんと2人がわんわん泣くので、こりゃいかんなと思う。仕事と家庭のバランスは、もっと上手に取れると思っていた4年くらい前。行うは難し。 で、今日は甘口のドライカレーを作った。豚ひき肉と玉ねぎとピーマンと、あと卵の黄身を乗っけてアンパンマンみたいな顔を作って、これなら娘も食うだろうと。でもひき肉の食感がダメみたいで一口も食べてもらえず轟沈した。息子はおいしいと言ってくれたけど。うー、難しいな。辛いスパイスは使わず、ケチャップ多めにしたから味は大丈夫と思っていたら、食感か。

シンプルでいいのかもしれない

通販で購入したターメリックとジンジャーパウダーを中心に、家にあったびん詰のナツメグ、コリアンダー、クローブ、ホールのホワイトペッパーを少し混ぜてカレーを作った。カルダモンは購入はしたけれど使用は見送った。前回同様レモングラスも少々。水加減がうまくいかなくて水分の多いカレーになってしまったこと、ホワイトペッパーがわずかでも辛さをもたらしてしまったことが課題。トウガラシを抜く代わりにせめて、と思ったがやっぱり駄目か。購入した本を見ると、クミンは入れとけみたいな情報が。 次回はターメリック、ジンジャーパウダー、カルダモン、クミン、レモングラスだけで行ってみる。目標はマレー半島のカレーっぽくて、辛くないやつ。 今日はうまくいかなかったけど、子どもには好評でモリモリ食べてもらえた。良かった。

アマゾンでスパイスを購入

山形でスパイスを探すのは大変そうだからネットショッピングかなあと思ってたら、アマゾンでも入手可能なのね。 niji wo mita: 東南アジア風カレー 以来、自分でカレーを作りたくて。市販のバーモントとかも好きだけど、もうちょいエスニックな感じのが食べたい。で、こないだ作ったのは子どもには少し辛すぎて不評だった。トウガラシが入っていない調合のためには、自分でスパイスを選ぶしかないよなあ、というわけで。とりあえずターメリックさえあれば、あとは自宅のスパイスを適当に調合するとして、せっかくだからカルダモン(→ amazon )も。注文し逃したクミンはまた今度にする。たぶん、ターメリック(→ amazon )とバイマクルーだけでかなりそれっぽいのが楽しめるはず。ああ、ネットって、音声情報と視覚情報に、においが乗ればもう完璧なのに! 合わせてこんなのも思わず購入してしまった(→ amazon )。まんまとやられた。

気温に合わないバンバンジー

盆地山形は日中暑いけれども、朝晩はきちんと冷える。昨晩は日中30度越えしたのに、朝は20度ちょっとで、長袖の上着を着ていないと少し寒い感じ。8月8日の立秋も過ぎたことだし、アカトンボが里に下りてきたりと、スーパーでは秋の風物詩「芋煮」のコーナーを用意する気の早い動きも分からないではないなー。 というわけで今朝は鶏の胸肉でバンバンジーを作った。僕以外の家族が旅行に出ているので(原稿書きのために僕は居残り…)、青唐辛子を刻んだものをトッピングしてちょいピリ辛の味付けにはしたものの、もうちょっとガツンと暑くないと雰囲気出ないかも。 (作り方) ・鶏の胸肉を浅めのお皿に置いて、日本酒を少量振りかけラップ。 ・電子レンジで5分くらい。 ・取り出して冷水であら熱を取り、手で細く裂く。 ・キュウリは細めに切っておき、軽く塩をしてもんでおく。 ・キュウリと鶏肉をボールでよく混ぜる。刻んだネギとごま油。 ・で、あとはタッパに入れておく。調味は取り出して食べるときにその都度がいいと思います。しょうゆでも塩でもごまだれでもマヨネーズでも。

がっつけ2008

後味の悪い仕事をして、ケッタクソわりぃなと思いながら、頼まれた買い物をガッツリすませて、帰宅してすぐ一袋100円のシシトウと卵で炒め物を作る。へたを丁寧に取る。卵は近くの農家が作ったこぶりで黄身がぷりぷりの。卵はよく熱した油でさっと炒めて、いったんボールに取り置きあとでシシトウと合わせる。シシトウは油でしなしなになるまで炒める。カキ油と砂糖醤油で味付け、最初に日本酒を小さじ1で香り付け。アルコールは飛ばす。お皿にがばっと盛る。続いて鶏の胸肉を5ミリくらい幅に切る。中華鍋は十分に熱して、ごま油で炒める。まだ芯に火が通っていないくらいで引き上げる。皮ごと千切りにしておいたニンジンと新ショウガを炒める。何となく火が通ったら鶏肉を混ぜて塩をさっとふる。最後に酢をたっぷりとかけてお皿にこんもりと盛る。妻が作ってくれていたナス焼きとキュウリの即席漬けも並べて、ご飯をかっ込む。で、15分。空腹の子どもも妻も気づけば気持ちも凪模様の僕も、なんとなくセーフの気持ち。 山形に来て2年間、あれほど杉並で振っていた中華鍋をほとんど使わなくなっていた。山形の食材の雰囲気に合わないだとか、和食を求める水なんだとか、思いつきでいい加減なことをたくさん考えたが、要は食べてくれる人がいるかいないか、ただそれだけの問題なのだと思った。中華料理は基本的にそういう設計思想のもとに作られ続け、食べられ続けてきた食事なのだ。

夕顔のスープ

夕顔って、丸のままでは関東ではほとんど見なかった気がする。干瓢の材料としては見かけることはあったけれど、同じ瓜でいえば冬瓜のほうが有名。秋田や山形で食べる夕顔は、長夕顔とも(→ 長夕顔の種 長かんぴょうの種 長ゆうがおの種 参照)呼ばれ、冬瓜をずっと細長くしたような形をしている。 この近辺では煮物にするのがポピュラー、というか、おそらく山形の地物は何でも煮物にすることが可能でもあるのだが、我が家では冬瓜と同じように台湾風スープにしてみた。味はあまり変わらない気がする。 〈あまり親切とはいえないレシピ〉 (1)ニンニクとネギを刻んだものを少量の油で炒める (2)豚バラ少量を2センチ程度の幅に切って炒める (3)夕顔は皮をむいて、一口大に切っておく (4)あれば干しエビ(蝦米: 蝦米 )、なければ干し椎茸を戻しておく (5)沸騰したお湯に(1)-(4)を入れて1時間ほど煮込む (6)お酒と塩、胡椒だけで味付け (7)片栗粉でとろみをつける お皿の上に見えるのは、なすとキュウリとソーセージのサラダ、トマトを湯むきして冷やしたもの。まあただの冷やしトマトなわけだけど、皮がないとつるんとデザートみたいにして食べられる。五十嵐大介『リトル・フォレスト』(→ amazon )に書いてあったレシピ。

塩豚と筍ご飯

タマキさんに教わった塩豚の料理に初挑戦した。豚バラブロックの全面に塩を塗り込み、ジップロックで4日保存し、熟成が進んだところを炒め物にする。タマネギと小松菜と。塩豚がいい塩梅に漬かっているので調味料は一切使わなかった。オカヒジキのカラシマヨネーズ和え、エノキのおみそ汁。それと、季節ならではの筍ご飯。妻が下ゆでをしてくれていたので、油揚げとシメジと併せて具とした。 最近変わったことは、仕事の合間、夕方頃にいったん帰宅してご飯を作ったり食べたりすること。それから、ご飯は大きな鍋でどかっと炊くこと。7合くらいはたぶん行ける。一人暮らし用の炊飯器はもうそろそろお蔵入りかな。 タマキさんありがとう、そして写真には不穏な飲み物が写り込んでいて大変申し訳ない…

味覚に人としての尊厳を奪われる

同僚においしいパン屋を教わったので、さっそく試してみた。店内にはカフェも設けられている、いわゆるコジャレまくりなお店で、レジ打ちの女性も、いかにもといった感じで雇用者の「コジャレパン屋ステレオタイプ」がよく分かる体裁となっている。これが見るからにうまそうで、食べる前から予定調和的に「やっぱりおいしかったです」と言うのが分かり切っているつまらなさもあるのだけど、ともあれ何故に僕はこうまでゴタクを言いたがるのかというと、理由がないわけではない。 杉並で貧乏生活をしていたとき(今も大して変わらないけど)よくお世話になっていたパン屋があった。サンドイッチが2ピースで120円、しかもお野菜たっぷりで、家庭で作るような水分でしなしなになった感じの、商品を並べているお店だった。パンの耳ご自由にお持ちください、は当然のこと、それを揚げて砂糖をまぶした子どものお菓子を一袋30円で売るようなお店だよ。パン屋なのに割烹着を着たおばあちゃんが店番をしているようなお店だ。ところがある日、その数十センチも離れていない鄰に、本場で修行しましたみたいな、普通の小麦粉でいいだろうというところに全粒粉とか使ってみせる、いちいちメニューの下に素材を書き記してアレルギーにご注意くださいと先進ぶる、もちろん味にも自信があって、そして恥知らずにも道ばたにバターのいいにおいをまき散らすような、そんな訴求力のある商品くささを垂れ流すコジャレたパン屋ができてしまった。そういう仁義なき戦いは自由が丘とかそういうところで勝手にやれよ!ここは新宿線沿いの比較的低所得層が住む場所なんだよゴラ!と妻と二人で気炎を上げていた。僕と妻は、絶対その店で買わないぞと、たった二人の力なき不買運動を展開することになった。 しばらくお世話になっていたパン屋に通い続けると、明らかに客足が遠のいているようで、夕方に入ってもあの売れ筋サンドイッチが残っている。自由にお持ちくださいのパンの耳もいつの間にかやらなくなってしまっている。砂糖をまぶしたパンの耳を揚げたものは、ビニール袋のなかで古そうな油がしみ出している。だれがみても斜陽である上に、そのお店の同じく割烹着を着た若女将の盛り盛りのおしろい(丸尾末広の描く昭和の女性みたいな感じの怪しい色気がある)が、ナチュラルメイクとかじゃない方向に明らかに薄くなってきていて、化粧をしないで店に立つこともあ...

愛はあってもお店がありません

同僚とお花見。近所の斎藤茂吉記念館で満開の桜を。同僚に子どもを見てもらったりした割には、自分でも追い駆けっこした分の疲れが全然でかい。これが年ってことか…。 帰宅してソファーでどっぷりよしながふみ『愛がなくても喰ってゆけます。』(→ amazon )読了。YながとS原は最後にくっつくのかどうなのかが終始気になるマンガであった。食い物主体のマンガであり、杉並区のお店に言及があるという点で、久住昌之・谷口ジロー『孤独のグルメ』(→ amazon )も思い出す。行ったことがあるお店がちょくちょく入っているのもガッツリつかまれました。 このマンガ、面白いしおいしそうなんだけど、この「○○というお店の××がおいしいから食べに行こう!」みたいな感覚のほうが懐かしすぎて…。もちろんかつて住んでいた阿佐ヶ谷近辺が出まくるということもあるんだけど、ひとくち食べて目が覚めるようなというか、ありがたくって涙出てくるようなというか、そういうのがやっぱり山形での生活圏にはないなあ。一食に頑張って5000円くらい出して、これ食べたから今月も頑張れるね!みたいな生活が気兼ねなくできるようなるといいねと言ってた生活から5年くらいがたったのに、いまだにそういう生活ができてない…(飲み方面ではあるけども)。決して山形の食べ物がおいしくないわけではなくて、体に染み渡るわー、ってのはむしろ山形のが優れているんだけど、そういうのじゃないんだよね…。なんつーか、宇宙の秩序が円のかたちで循環しはじめたことが舌の直感で分かるというかね…(わかんねえよなー)。

味付け薄いとたくさん食べられる、は何故?

家族がこちらに越して来てから1週間以上がたつ。山のような荷物は新しい秩序のもとに古い荷物とともに再配置され、部屋の新しい景観をなしつつある。荷物以上に人が一気に3人も増えた。否応なくにぎやかになる。あまりにめまぐるしい変化に、心身共について行けていないが、そうこう言ううちに劇的に冬の風景は消失し、上書きするように摘みはぐったふきのとうが葉を開かせている。変わらないことはただ一つ、僕が料理を担当していることだ。ただし分量が違う。あと、同じ時間で違う分量を作るためにこれまで以上に手際よくやらなければならなくなったことが違う。 褥婦には牛肉がいいと妻が言うので、記憶を頼りに妻の実家で食べた牛肉のポトフを作る。これはお肉と野菜を山ほど食べることに特化された料理なので、素材のうまみをしっかり取り出す代わりにほとんど味付けをしない。ナツメグ、クローブ、ローリエ、塩少々、赤ワインくらいのもの。牛肉もすじ肉を中心に別途長時間ゆでて臭みを抜いたものを使う。あく取りなどの基本的な下ごしらえが終わったら、シャトルシェフで一晩煮込むだけだ。手軽だができあがったものは、おいしいと言えばおいしい。上品といえば上品。このポトフがメインだとテーブルとしてはアクセントを欠くかもしれないので、味付けの濃いものがサイドメニューにあるとよいだろう。 しかしいわゆる薄味だとすぐに飽きて量を食べられないかと思いきや、そうではなかった(食べた感じになかなか到達しない)。薄味を続けていると濃い味のガツンとした感じがほしくなるが、そっちは量を食べることはできない(食べた感じにすぐ到達する)。これは一体どんな身体機制に基づいているんだろうと思う。この食べた感じというのは、満腹中枢を刺激するような意味ではなく、もっと認知機能に根ざした感覚である。食べた感じに到達しきる=味覚への強い刺激に慣れきる、みたいな。 いわゆる「シンプルなものは飽きが来ない」というやつなのだろうが、心理学で言う「馴化」(環境適応のために刺戟に慣れること)が「強い味はすぐ飽きる」ことを十分に説明できるとしても、導かれたその逆の「弱い味はすぐには飽きない」が「だからたくさん食べられる」の根拠になることはない。あるいは逆に、本来生物としての人間が食べられる量は、味付けという文化によって必要量に十分に達しなくなってしまったという仮説はどうか。味付け文化が...

S&Bのカレー粉

ぐったりの一日。ひき肉のカレー作った。新ジャガとナス、干しぶどうとパプアで買ったホールの白胡椒。S&Bのカレー粉を久しぶりに使った。これ使うと油分が少ないので、多めに作って食べても胸焼けしない。アボカドとサーモンのサラダをいまさら。偏頭痛後のあれで目が揺れるんだけど、原稿の締め切りが~。

そして栄養が不足している説のために

念のため、栄養が足りないから偏頭痛という説は聞いたことがありません。が、そういうんではなくてもっと基礎的な体のメンテナンスが全然うまく行っていないという自覚がありありなので、久しぶりに晩御飯をがんばってみた。 大根と豚肉を出汁で煮込んで、多めにザクザクに切った水菜の上に出汁ごと盛る。生切り昆布168円と大根の皮を塩で揉んだものを混ぜて、酢としょうゆとゴマで。張り切って買ってしまったアボカドとサーモンは反省とともに明日使う。 本日届いたペッパーミル(→ amazon )。パプアで購入したスパイス類をどうしようかと思いあぐねて、とうとう買うことにした次第。使い勝手は今のところ快調です。

昼ビール・ヤッチマイナー

明日からのインドネシア行きのために仕事を猛然と片づけるはずが、週頭の偏頭痛もあってなかなかはかどらない。出張2本をこなしつつ、書類の消化もどうにか目処が立ってきた。これで何とか…。 仙台出張の帰り、山形では食べられそうにない洋食にビールをつけてえいやっとごちそう気分。疲れを取らないと。山形行きのバス停が見つからないのは、市バスに比べて都市間バスが不当におとしめられているからではないかと愛憎入り交じった不満が噴き出してます。 インドネシア語の語学エッセイ、あとちょっとで読み終わる。そしたら明日だ。