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オカルトついでに東北発

ごめん、ここはネタブログでは決してないのですが、これはクリップしておきたい。東北発のカルト集団…。秋田県湯沢市の新しい話題がこれか…。せつねえ。謎のセックス教団における、オカルトと右翼の親和性というのもありげな感じだが、それにしてもなぜ湯沢? 日本における「リトル・ペブルの共同体」 「神が望むなら…やるんです」 ( zakzak ) 日本の右翼と神主の若者たちへ もともと上品とはいえないこのサイトがさらに下品なものに…。許してたもれ。

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

 赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』(→ amazon )読了。民俗誌(エスノグラフィー)的な読みものとして、またはある種の実録ものとして大変面白く読めた。「童貞処女が結ばれる美しい結婚像」が近代以降の虚像であるとするには十分な鉄槌だけど、これをもって近代以前の農村における性規範が客観的に描けているかというとそれはチガウと思った。文化人類学の参与観察でいわれる、「観察者の視点が対象を大きく規定する危険」が全体的にどんより漂いすぎ。生き生きとした会話のやり取りも、ドキュメントを書き溜めてではなく、記憶をたどって物語的に再構成したもの(であることがわかる)。こういう質的研究(⇔量的研究)は研究者の体を通って出てくることについて最初から客観性を確保することなんて考えず(そんな客観性なんて信じてないから)、むしろ研究者が対象との相互行為を通じて構築された物語?を分析するってところが醍醐味なんだろう。  とか思ってたら思い切り量的な研究であるところの抜き刷りが届いた。自分用抜き刷り渡されても本当に困る。誰かにあげる予定のない包みがこうして部屋の片隅にまた積まれる…。論文なんてそもそも雑誌で読めばいいと思うし、必要なら自分でコピーするでしょう、というのはあまりに相互行為を重視していない発言ですかね。

やっと見つけた…

 大学3年生ごろ、某所でアルバイトをしているころに創刊したスーパージャンプで連載されていたマンガの情報をネットで見つけたのでメモ。「大人のないしょ話 ~トビーとエルカのドキドキ日記~」。  国会図書館にでも行って確かめればいいんだけど、そこまで情熱がわいてくるわけじゃなくて、でも気になってしょうがなかったマンガ。13年前から、あのマンガはいったい何だったんだろうとずーっと思っていた。これ短期集中連載で、読者の声欄でも惜しまれながら終了した作品だったと思う。で、当然作者は何者?という疑問の声もあったのに、編集部は「作者の意向で正体は明かさないことでよろしく」みたいなコメントだった。手塚っぽい絵柄から、手塚プロ関係の人かと思ったりもしたのだった…。作者の上北ふたご(→ wikipedia )はアニメーター出身なんだね。 479 名前: 家庭教師じゃなくてメイドさん 投稿日: 2000/11/09(木) 16:36 >429 1994年発売のスーパージャンプに掲載された 「大人のないしょ話 ~トビーとエルカのドキドキ日記~」 ではないでしょうか。 当時、私も手塚プロっぽい絵柄だと思ってました。 短期集中連載にするには惜しい作品だったと思います。 作者の上北沢ふたご氏はこの作品が初連載だったそうですが これ以降の作品はあるのでしょうか。 ( 身元不明漫画捜索願スレ )より

cocco途中まで・natsumen

 とりあえずアマゾンから届いたcoccoのアルバムを順番に聞いている。1997年のブーゲンビリア、1998年のクムイウタ、2000年のラプンツェルあたりは、あーこれcoccoの曲だったんだと当時の雰囲気を思い出したりした。結構ラジオで聞いていたんだなと思う。学生にcoccoのボーカルって誰ですかとか聞かれるんだけど、coccoはバンド名だと思われてるのかな?  軽妙洒脱な心躍るようなリズムやメロディはない。椎名林檎と並ぶタマだというamazon評を読んだので、なんとなく椎名林檎的なものを予測していたが、椎名林檎よりずっとおかしくて素敵な領域に近いように思う。情念や怨念に関してこれだけ正直に歌えるなんて、恐ろしい人だなあ。公式サイト(→ cocco official site )をクリックしてゆくとポップアップで立ち上がる本人のビデオを見てやっぱりそうだと確信した。  よーしあとはサングローズとザンサイアンだと思ってたら、NATSUMENの "never wear out your summer xxx!!!"(→ amazon )が届いてしまった。部分的には聞いたことあるけど、アルバムとして聞くとまた違ったように聞こえるのが不思議。この人たち(元BOAT)の音楽ジャンルを問われるといつも困る。まああえて言えば、サイケカオスエモプログレ?いやプログレはないか。

ふつつ二日酔い通い

 仕事のファイルが見当たらない…。デスクトップに置いておいたのをうっかり削除してしまったらしい。らしい、つうか一時間後に使うファイルなんですが…。ゴミ箱は定期的にからっぽにしているので、急遽ファイル復旧ソフトで検索掛けまくるも処理が遅くて間に合わない予感。というわけで新たにファイル作成にいそしむ30代男性(ふつつか通い)のキータッチはいつもより気持ち多いミスタッチを交えつつ微妙に汗ばむ心地ぞする。

漢字の正確さ・近代の幻想なんだけどさ

  漢字テストの不思議 (東京ビデオフェスティバル2007 | 作品視聴・コメント投稿より via 極私的脳戸/日々の与太 )。ビデオとしてよく出来てるなあ、というかよくインタビューしたもんだ。漢字の止めはねに異常にうるさい人書き順にうるさい人、ってのは結構たくさんいて、教員まわりには特に多いようなんだけど、その根拠が指導要領であるとか教科書体ではなくて、現場の先生の思い込みであるとかいう話は読んだことはあるものの、現場の声を聞くのははじめてで面白かった。  日本語学の授業で、この手の話はそれなりに盛り上がる。じゃあこれこれは「正しい」んですか?じゃなくて正しいイデオロギーのことを考えようよ、なんだけども、なかなかね。  ところで漢字検定ではとめはねに甘くて、学校だけが時代錯誤っていう話がビデオに出てくるけど、漢字検定だってなかなかどうしてだよー?協会が何と言おうと採点者はそれをきっちりと理解しているかどうか。  ただ、近代幻想の産物である、とは語りつつも、そのシステムに生きる学生にはそれはそれとして幻想も教条的に語る必要があるという苦しみ。脱構築で終わるのも無責任ではある、かもしれない。ただし受験のためだとか字形がバラバラになってしまうのが困るだとかいう現場の人たちは、もうちょっと言語が国民統合のひとつの表象となっていることにもう少し自覚的になったほうがいいと思った。脱構築しっぱなしの無責任さと、この手の無自覚を天秤にかけるとどうなるんだよ、って答えが出ない話。