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Google Calendar Mobile Gateway 3

Google Calendar Mobile Gateway - yamamo's Blog - yamamoWorks がバージョンアップ。最新版は、 Google Calendar Mobile Gateway 3 - yamamo's Blog - yamamoWorks 。週表示、月表示に対応および任意の画面から予定を作成できるようになった。Google Calendar本体のような使い勝手に近づいたよね。 (参考) niji wo mita: google calender,lightning,携帯電話

HUNTERxHUNTER27巻

HUNTERxHUNTER27巻。単行本で読むとあの緊張感は薄れるものの、描こうとしているテーマの輪郭が少しみえてきたような。冨樫は幽遊白書とレベルEで、人間じゃないものとの、桃源郷的な社会共生を描いた。登場人物目線で「敵と分かり合う」というテーマは漫画の定番だけど、目線が社会にあるのは少なくとも当時の少年漫画にはあり得ないテーマで、どこか新しい感じがした。ハンターのヨークシン編やGI編でも、社会目線の目新しさはなかったにせよ、主人公たちと対立する登場人物たちとはそれなりに分かりあい、その調和の中で主人公たちの関係も保証されていた。 しかし蟻編では人間とキメラアントたちとは(ある価値観を共有できたとしても、集団としての背景が異なりすぎて)共生できない現実を描こうとしている。物語的決着の帰趨も気になる所だが、もし冨樫が蟻編でそうした根深いディスコミュニケーションを描こうとしているのならば、いよいよこれまで何度も伏線が張られ続けてきたキルアとゴンの関係に話の焦点は本格的に移るだろう。人間対蟻と、ゴン対キルアの関係は並行して、両者は相互に比喩的に、どちらもディスコミュニケーションの物語として語られるだろう。 ディスコミュニケーションの物語自体は、1995年の『寄生獣』連載終了、1997年『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH & REBIRTH シト新生』のあたり、20世紀最後の匂いがする。ただし、かなりあてずっぽうに言うが、その匂いは主にエヴァ的価値観を継承しつつセカイ系が牽引したものだ。これまたあてずっぽうかつ無責任に言うと、セカイ系の気持ちよさは閉鎖から開放に向かうように見せつつ、実は「語りの立脚点としてのボクの確認」に帰着するところにあるので、その意味ではきちんと他者不在のディスコミュニケーションの話だとは思う。21世紀のハンター蟻編は、共生したい他者がきちんといて、でも共生できないディスコミュニケーションを描こうとする点で『寄生獣』を継承するのではないか。つまり他者を承認することを通じて自分が承認されたい地点に立ち戻ることをせず、他者との生存闘争・殺し合い、否定の責任をただ背負おうとするような。 これをゴンとキルアの登場人物目線でも、人間とキメラアントの社会目線でも、描こうとすることは、少年漫画としてはやはり新しいと僕には思える。このところ年間10本...

横浜に施す気まんまん

山形から関東へ帰省。例によって家族で移動するためコスト意識の自動車利用なのだが、今回は非常に楽ちんだった。テレビ等で報道されているように年末は高速道路の割引が実施されないため、渋滞どころか閑散とした道路をストレスフリーで移動。これまでの盆暮れ渋滞が嘘みたいだった。 家族の疲労もこれまでに比較すれば少なかったので、調子ぶっこいて以前住んでいた杉並の井草近辺をめぐる。この5年くらいで変わってしまった風景の中に、コーヒー1杯で長時間滞在させてくれたジャズ喫茶、パンの耳を買ったあの店、いつも唐揚げをおまけしてくれたあの店、とにかく口の悪い店主の八百屋、に輪をかけて口の悪い魚屋(どちらも物はすごくいい)、などなどを見つけて、なんとなく嬉しくなってしまった。 大泉インターを降りて井草に向かう途中、「山形ナンバーって都市ナンバーによしよしされてる感じしない?」などと妻と話す。話しながら、幅員減少で困った挙句右折レーンに寄せてくる横浜ナンバーを入れてあげる山形ナンバー。よしよし目線によしよし返し。これぞ中華街に施す大石田そば街道。あるいはシュウマイに施す玉こんにゃく、まさにランドマークタワーに施す霞城セントラル。a-han?すなわちこれベイブリッジに施す千歳橋じゃん。yes, とりもなおさず横浜ナンバーによしよししてあげている山形ナンバーでいいがっすがす。さあ、俺たちはそうとうねじ曲がって来ました!

まみれる覚悟ゆえ

暮れも押し迫って3つ目、今年最後の出張。東京で研究会のち忘年会を兼ねて、深夜バスで山形に戻る予定なり。いい加減若くないんだからそういうのやめろ、との声に耳を貸さぬ右斜め上段からの構え。蔵王スキー場に向かう若者たちにまみれる覚悟、暁にバッサバッサと敵を切り倒して進むゆえ。

baiduまでも

baiduも出したのか…( Baidu Type -文字入力システム- Beta版 )。話題の作り方は、 「日本語を楽しく」 27歳ケータイ女子が企画したIME「Baidu Type」 (1/2) - ITmedia News の通り。こういう目線で行くのね。

コブラ

自宅で忘年会。安い中国産のあんこうで、鮟鱇鍋。ゲンゲもぶち込み、深海魚プルプルシリーズ鍋。これが結構おいしくできた。持ちこまれた本物のししゃももおいしかった。酒好きの同僚とか元同僚とかが持ちこんだお酒、合計で約2升空けた。超美味であるなあ。おかげで翌日はへとへとです。 帰りしな、なぜか寺澤武一『コブラ』の話になり、僕は元同僚奥さんに無理やり『コブラ』を貸し出すことに。翌朝うちのオクサマからコブラを貸し出すこと自体がセクハラではないのか、と突っ込まれた。そうかもしれん。

アウトソーシング、ありですね

怪しげなセミナーは基調講演は相当怪しかったが、収穫もあった。入学前教育、初年次教育をアウトソーシングしている大学ってたくさんあるのね。塾や予備校業界が蓄積したノウハウのほうが、大学教員よりよっぽど効果的かつ具体的なプランを持ってる。実際、基礎教育ってものすごく手がかかる。理想的には一人ずつ目配りしての添削の嵐をするのが良いのだろうけれど、どこの大学もそんな労力かけられる余力はないでしょう。初年次教育は思い切ってアウトソースに任せてしまうのもありだなあと思ったよ。 面白かったのは、基調講演の大先生と業者との認識の違い。大先生は、国家とか変にしょってるから言ってることが現場感覚にずれまくり。日本語力とは語彙力であるとの強烈な定義と、語彙力を検定するようなプレースメントテストで留学生の方が高得点を取っていることに「残念である!」を連発。じゃあもう留学生の日本語教育を入学前にやれよ。高校までの国語必要ないから。ってそういうことじゃないじゃん。語彙力が日本語力を構成する他のモジュールとも連動している、というような予測のもとで語彙テストをやってんじゃないのか。だから表面上の語彙力テストで留学生に点数上で負けても負けたことにならない、っていうかそもそも留学生を引き合いに出すのはおかしい。日本語=日本人のもの、みたいな素朴な構図をもとに、「留学生なのに日本語が上手」みたいに褒めるのと同じくらい見当はずれ。 対して、業者の方は現場のことをよく分析している。日本語に関して言えば、語彙力にとどまらないコンテンツを本気で考えていて、参りました。