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言葉を使う話者のありかた

山形の農村に500年以上続いた伝統芸能である黒川能を見に来ているわけだが、2年前に見たときと比べて、若い世代に言葉の変化があり、「伝承」の構築性を考えさせられる。黒川能の特徴は農村コミュニティーの生活の中で伝承されてきたことにあり、言語的には京都から伝えられたとされるにも関わらず、子音の有声化やいわゆる濁音直前のわたりの鼻音、母音iの中舌化などバリバリに山形庄内地域方言で演じられる。僕は流派に関わる演目や演式の違いや素人故の巧拙よりも、言語的な特徴こそが黒川能の「異色」さを特徴づけていると思うのだが、その言語的な特徴はそもそも「いつのもの」で「いつまでのもの」かということを考えると、「伝承」の構築性と無関係ではいられないと思うのだ。

というのも、今回の上演で舞台に立った若い演じ手には、黒川の高年層が持っている方言的特徴を失っている者が混ざっていたからだ。鶴岡市黒川は言語的には庄内地方に属しており、鶴岡市といえば国語研究所や井上史雄氏による中長期の調査がある。それらによればこの土地でも、他の地方と同様に従来の方言的特徴が失われつつあるという結果が示されている。我々は見えている変化にだけ目がいきがちだが、高年層の言語的特徴も何らかの言語的変遷を経たものであると考えるのが自然だろう。だとすれば、黒川能の持つ「異色」さも変化の結果と考えなければならない。

話は少し変わるが、山形は自称「民話の宝庫」で、それを観光資源としているところもいくつかある。そのような場で語られる民話はいかにもな方言であることが望ましく、標準語であることは望ましくない。したがっていかにもな方言的言い回しで書かれているテキストを暗記して、それが上手に語られるかといったことが目指されることもあるようだ。あるフィールドワーカーが採取した民話の文字化資料を音声資料と対照させたところ、音声資料では標準語的な言い回しになっているところを文字化資料ではいかにもな方言的言い回しに変更している、といったこともあった。民衆に受け継がれた「伝承」には、構築性がともなうというよくある話。

黒川能の「異色さ」は重要無形民俗文化財として伝承がすでにある意味で義務づけられているわけで、とすると言語的な特徴も義務の対象範囲に入ってくるのではないか。その場合の言語的特徴は、現在の高年層が継承しているものになるはずだ。そしてそれが500年もの間継承されてきた「顔」になるのではないか。今回の上演の若い演じ手は、コミュニティー内ではどう評価されているのかが、とても気になる。

* * ** *

それにしても。2年前、2006年11月に黒川能を見たとき、僕は次のようなことを書いた。

 黒川という土地の刻印が、たとえば言語表現パートの「謡」にありありと現れている。京都で作られた能のテクストが、東北方言の特徴とされる、非語頭無声子音の有声化(有声化という表現も考えないとなあ)、濁音音節前の入りわたり鼻音、母音イとエの接近などで実現される。もはやローカライズといった概念では捉えられるものではなく、それ自体をカノン(正典)として受け止めたくなるような迫力が、確かにあった。借り物ではない、ここで人間が自分たちのものとして伝えてきたのだという迫力。実は、東北方言で話される民話の録音資料に触れた時も、同じ感慨を受けた。畿内地方で生まれた仮名という表記システムでは表現し得ない、東北方言の音声。そこには、未だに東北方言話者に強く残っている、「方言」が矯正されるべきものというスティグマを留保せずに体験できる声の言語世界がある。(niji wo mita/d0611, 11/23「黒川能」より)


ずいぶんロマンチックなことを書いたものだなと思う。山形に来てすぐの時は、確かに異文化体験としての山形がとても衝撃で、自分の言語観の基盤が揺るがされるような思いをした。今は、2年前よりも少し、「山形の言葉」にも抽象的な意味での濃淡があるということが少しずつ分かってきた。リアルな言葉みたいなもんじゃないだろう、と。標準語対方言みたいな簡単な図式ではないし、スティグマを乗り越えた方言などという甘っちょろいものでもない。話者はもっと複雑に、その場その場、一瞬一瞬で言葉を選び取り、生き抜くための戦略としている。言ってみれば、言葉自体にリアルさがあるもんじゃない。言葉を使う話者のありかたにリアルさがともなうのだ。

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