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投稿

おかゆ超うまい

一週間前にスーパーで生秋ジャケを購入して、冷蔵庫に保存しておいたものを、一昨日ソテーにして食べた。パック内でにゅるっとしておる状態だったが、食えるでしょ、賞味期限は偽装するから悪いのであって、1週間先まで大丈夫って表示すれば余裕でしょ~という緊急時の普遍的な常識で(このところずっと緊急時です)食ったところ、予想に反して超当たった。軽い脱水症状が2日続いています。今朝はおかゆ。

秀丸+祝鳥

先々週あたりから、原稿を書くエディタを サクラエディタ から 秀丸 に変更した。秀丸はフリーソフトじゃないところがイヤだったのだが、TeX用マクロの 祝鳥 (のりてふ)がものすごく優秀なので、導入を決意。これがものすごく便利。 これまでのエディタ遍歴は、 TeraPad →TexEditor→サクラエディタ。それぞれに長所や短所があるが、基本的にウインドウの大きさを変えたときに改行を合わせてくれるかということと、TeXを使い始めてからはTeXが乗りやすいか(というかTeXのためにカスタマイズをできるだけしなくて済むかどうか)、文書の構造をツリー表示してくれるかといったことを選択のポイントに置いている。 で、これまでniji wo mitaもHTMLタグをずっと書いていたところにブログに乗っかったら、タグを挿入するのが超面倒になって、合わせてTeXのタグもできればタグ辞典とか見ないで済ませたいなーとは思っていた。そこでちょくちょく調べていたら、条件にぴったり合うエディタ+マクロに出会ってしまったという話。 それにしてもemacsで動く「野鳥(やてふ)」のwin移植版「祝鳥(のりてふ)」は、名前も継承していて形態素「鳥(てふ)」を持っている。鳥の歴史的仮名遣いは「てう」なのであって、TeX(テフ)の発音を擬似表記するなら「蝶(てふ)」のほうがふさわしいと思うんだけどどうだろう。

ざわざわ

週末は土曜も仕事で、日曜だけ休み。予定表を見てみたら、約1ヶ月前から週末に家で休めていた痕跡がない。ものすごく久しぶりの休みだったかもしれないと思った。そりゃあ原稿も進まないと言い訳の一つもしたくなるわけです。言い訳になんないな。 昨日は部屋にあふれた洗濯物をひたすら片付けまくった。もう山形では外に洗濯物を干すことができにくい気候であるうえに、一日のうちの何度も天候が変わるので、一人暮らしの身では外に干して外出することはまず無理。部屋干しがうまく行かないために、最近は軽く乾かした洗濯物を暖房機の前に散らして、乾かすというものすごい技を導入(燃焼は室外で行うタイプなので温風だけが室内に運ばれる)。このところ寒いからユニクロで温か素材の服をガバッと買って、これまた暖めるために暖房機周辺に置くものだから相乗効果で2週間で10キロ痩せる!ごときみるみる状況が進行したわけです。結果、部屋中に衣類が散らばって、まるで台風後の林みたいなひどい状況に。 このほか、モスバーガーで原稿をグワッと進ませて、本屋でボーっと立ち読みして同僚とメシ食いに行って、家で原稿を進めるぞーと思ったら実家のトラブル処理が舞い込んで気を取り直す間もなく突然の眠気で倒れるように就寝。 今朝研究室のドアあけたらデスクトップPCのiTunesがかかりまくりでガンズのParadise Cityに迎えられる。一昨日部屋を出たときに記憶が一切ない。スイッチつけっぱなしまくりの廊下まで音がもれまくりの状況。受講生の2人からメールにて、親御さんが倒れたので休ませてほしいと。週の頭からざわざわしている。

ユリイカ総特集・荒木飛呂彦

まずは小学校のころから読み続けている荒木飛呂彦が批評誌で取り上げられるようになった時間の流れにツーンとした思いを抱く…わけでもないが、ユリイカに取り上げられたのは感慨深いものがある。こないだは青学の学園祭のトークライブに出演されたそうで、語られるだけのマンガの歴史となったということなのだろう。 「ユリイカ 2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦~鋼鉄の魂は走りつづける」(→ amazon )、喜び勇んで画像も出しちゃうぞっ。 ジョジョといえば、というか荒木飛呂彦といえば、マンガ史ではその構図やコマ割りの独特さ(といい意味での気持ち悪さ)が特徴的で、今回の特集ではやっぱりその点を取り上げる論考がいくつかある。読み応えありそうで、これは楽しみ。 まー、これを自分で気づけずに、同僚にプレゼントされたのがうれしい反面、悔しくもあるわけで…。沖縄に現を抜かしている場合ではなかった(ちがうか)。

雪到来

沖縄から帰ってみれば、山形は雪が降りしきる。一晩立って家並みはすっかり雪化粧。25度から2度への転落、沖縄も東北も同じアイヌ・エミシ系という講演があったばかりなのに、この気温差は如何に。冬用タイヤに替えていないのは、11月に雪が降ることを想定していなかったよそ者の悲しい悲しいお話です。

オカルトついでに東北発

ごめん、ここはネタブログでは決してないのですが、これはクリップしておきたい。東北発のカルト集団…。秋田県湯沢市の新しい話題がこれか…。せつねえ。謎のセックス教団における、オカルトと右翼の親和性というのもありげな感じだが、それにしてもなぜ湯沢? 日本における「リトル・ペブルの共同体」 「神が望むなら…やるんです」 ( zakzak ) 日本の右翼と神主の若者たちへ もともと上品とはいえないこのサイトがさらに下品なものに…。許してたもれ。

オカルトの帝国

ひめゆりの塔というと、かつて上石神井で通い詰めていた(というほどでもないか)沖縄料理のお店でおばちゃんから「ひめゆりの塔に行くと霊障で具合が悪くなるからやめたほうがいい」と言われたことを思い出す。曰く、首が痛くなるだの、めまいがするだの、わけもなく涙がぽろぽろ出てくるだの。ところが僕は事故後1年経つのにそもそも鞭打ちの後遺症があるし、飛行機の恐怖でいまだゆらゆらしていたし、悲惨極まる歴史の爪あとを目のあたりにして涙を流すし、期せずしておばちゃんの言ったとおりになったのだった。ともあれ、田口ランディの言う「悲しみのための装置」ではないけれど、あの場所で起こったことを受け止める装置としてオカルト的言説が用いられることはあるだろう。  さてそこで、というのはあまりに不謹慎極まりないかも知れないが、同僚から借りた『オカルトの帝国 1970年代の日本を読む』(→ amazon )は高度成長期の終末とともに日本に立ち現れた心霊ブーム、妖怪ブーム、UFO、超能力ブームを丹念に読み解いたもの。読んでないけど expop で紹介されていた『UFOとポストモダン』(→ amazon )なんかと同じ枠組みに基づいて書かれているように思った。  余談だが阪神大震災で幸いにも無事だった友人から、「なぜ自分が生き残ったのかというと、それは運命からの生きろというメッセージなんだ」とか「選ばれたんだ」とか言う話を聞いたことがある。また僕が昨年追突事故に巻き込まれて首を痛めたときも、その半年前に偶然訪れた山形の心霊スポットの影響であることをわざわざ伝えに来る学生がいた。インパクトのあるできごとにさらされると、非合理的な世界を持ち出し、秩序の回復を図ろうとするのは普遍的なことなのだろうと思う。