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中国語 ime on ubuntu10.04

ubuntu10.04で中国語imeを使う方法。mozcに相当する中国語google ime pinyin(→)はwin対応のみだったので、今回はスルーです。中国語はサボってたからもうほとんど使えないけれど、来月所用があって台湾に行くので、向こうの親戚とメールにてやりとりをしなくちゃなんない。英語と中国語をまぜまぜでの会話になるだろうし、メールも同じ。 僕はibusから使ってます。標準だと賢いimeが入っていないので以下のリンクを参考にインストールします。システム>システム管理>言語サポート から中国語を追加し、それからibus(scimでもいいですが)から中国語pinyinを追加します。設定はかなり簡単です。 Ubuntu8.10でWord,Excel,Picasa3等のWindowsアプリを動作させる方法: ubuntuで中国語入力(簡体字・繁体字) 為什麼? : Ubuntu10.10で中国語(簡体・繁体)入力 你好。可以用漢語拼音打繁體字!也可以打简体字!

地面を「じめん」と表記すること

twitter経由の話。 ***** 「ぢ」「づ」は、現代仮名遣いでは基本的に認めていませんが、連濁によって生じた場合には残してもよい、としています(その他の例外則は 現代仮名遣い:文部科学省 をご参照ください)。鼻血を「はなぢ」とするのは「ち」が連濁によって「ぢ」になったとみなせるからです。そうでない場合は、原則的に「じ」で書く。かつて歴史的仮名遣いでは「ふぢの花」と表記したものも、これは連濁によって生じたものではないから「ふじの花」と書く。 ところで地面を「じめん」とするのはどのような理由によるか、というとこれが説明が難しい。地は「ち」なのだから「ぢめん」でいいではないか、という理解もある。これにたついての現代仮名遣いの説明は、「これは連濁によって生じたものではないから「じめん」が本則」、ということです。 現代仮名遣いの、「じ」「ぢ」「ず」「づ」に関わる基本的な考え方は、 「ぢ」「づ」は使わない。表音主義を基本とするから。 ということに尽きます。ただし現代仮名遣い以前の表記習慣に中途半端に配慮したので、 連濁に関わる場合などは(語源意識との整合性から)「ぢ」「づ」を使うことも認める。 でした。 歴史的仮名遣いはおおむね中古の仮名遣いを規範とする姿勢を取るのですが、地にはチとヂの表記があります。歴史的仮名遣いを記せば「地面」はヂメンです。単独でも地を「ヂ」と表記されることもありました。つまり連濁と関係なしに「ヂ」という表記(発音としても[di]と推定されている)があったわけです。 ところがこれを丁寧に説明する過程で、「地は漢音でチ、呉音でヂ、すなわち連濁と関係なくもともとヂという発音が古代に存在していた」というエピソードが入る(このエピソードは正しいです)ことがなぜか誤解されて、「もともとジと表記されていた」とか「もともとジと発音されていた」などという誤謬がネット上に散見されます。 「地面」のよみが「ぢめん」とならず「じめん」になるのはなぜ? - 国語 - 教えて!goo とかね。ベストアンサーついてますが(笑)。 地面という字はなぜ「ぢめん」ではなく「じめん」なんですか? - Yahoo!知恵袋 、これは惜しいけどミスリーディングを誘いますね。[チ]と[ジ]があったんじゃなくて、[ti]と[di]がそれ...

仕分け見直し対象プリキュア!

娘が3歳。プリキュア大好き。つきあって毎週仕方なく見ている。仕方なく見ています。仕方ないんです。あなたとは違うんです。古いか。ハートキャッチデビューなので、スイートで2作目です。 そんでツイッタで知った、 プリキュアの戦闘シーンすげえwwww : ニコニコVIP2ch 。昔のプリキュアはほとんどドラゴンボールかと見紛うばかりのバトル少女ものだったのですね。初代なんて震脚&合気道で拳児かと思った。バトルリアリズムとでもいうか。ハートキャッチは非常にマンガ的で、シリアス展開もそれほど重たくなかった。スイートも今のところ軽みがあります。 で、スイートは敵キャラのセイレーンが仲間になったところでオープニングがアレンジされました。新キャラがエレキギターの使い手なのでロック調になったのはいいのですが、歌詞がもんのすごい震災キャンペーン。新キャラどこ行ったというか、震災オリジンな歌詞に新キャラ後付けまちがいなしです。ものすごい急ハンドル。HunterxHunterが原爆による放射線汚染を正体不明の有害物質に舵を切ったのと逆方向の急ハンドル( スィートプリキュアの新OPについて。 - Yahoo!知恵袋 )。 こんなんもあったけど( プリキュアから被災地へ応援メッセージ - YouTube )。被災地の子供心にはぐっとくるものがあろう。プリキュアは国民の税金で運営されています、という伝説のネタもあった( ワラノート移転跡地 蓮舫「本当にプリキュアは17人も必要なんですか?」 )。プリキュアの応援に蓮舫が感動しようものならまたも炎上ですか。

さよなら荒木

荒木飛呂彦『奇妙なホラー映画論』を読んだ(アマゾンにリンク貼るのやめる)。荒木がホラー映画を好きなのは、作品を見ていればオマージュだかパクリだかのオンパレードなので、誰でも知るところだと思う。そんな荒木がホラー映画をたくさん見ました!ということがよく伝わる。量が質を上回る時があるとしたら、やっぱり量が質に転化するときしかありえないなあと思ったよ。つまり量は量でしかないってこと。それから、この人は演出の専門家なのであって、良い編集者に巡りあえて初めて作品が作品たり得たんだなあってこと。つまり浦沢直樹と本質的には同じ箱に入る人。 本はそれなりに目を引く所があるけれど、なんかもうダメだあ、って思う時ってあるでしょ。荒木がベタぼめする『プレシャス』という映画を、超絶偶然のタイミングで奥様が借りてきたので一緒に見た。これをホラーとして傑作と位置づけるのは、もう荒木作品読めなくなっちゃうくらいにダメだった。この人は演出のことだけを考えて、大家になっちゃったんだなあ。だったら演出家に徹してくれほうがよかった。『プレシャス』だって演出の特異さ(があるとして)に言及すればよかった。この本はホラーの演出については面白いけれど、時折見せようとする「ホラー映画本質論」については完全失敗している。 僕はそのむかしスティーヴン・キングが好きだった。荒木も好きだと書いているけれど、その好きは全然違う好きだったんだなあと思ったよ。確かに『IT』とか『ドロレス・クレイボーン』とか出てこないもの。それは「読みの違い」として処理できた。でもゾンビの本質と併置される語り方に『プレシャス』を掲げて、「これは誰がどういおうとホラー」とするのは、もうあかん。この人のマンガはもう読めないかも。

放射線量が高い地域に出張する際に求めたいこと

前のエントリ niji wo mita: 放射線を希釈する空気の力 では、僕の所属する職場が比較的放射線の計測値が高い地域に出張を求めるに際して、(現状では)何も対策をしていないことをややナイーヴに書いた。しかし、実際に高い放射線が検出されている場所へ出張へ行く際に、組織としてできることは何だろう。そしてこの手の議論がもめるポイントは何だろう、ということを改めて考えてみる。 * * * * * 危険か安全かを検討することは、程度尺度であるから現状では難しい。程度尺度に「ここから危険」のラインを入れられるだけの統計的なデータはまだない。人体と放射線の因果関係データを目にすることができるまで、何年もかかるだろう。放射線の測定値も、どこがどのような目的で出すかによってまちまちだ。ミニホットスポットがどこにどれくらいあるかも分からないし、天候によっても左右される。 したがってここが危ないということは定義できるわけがない。そのようなことを組織に求めることもできない。だからといって「行ってもいい人に任せる」というのは無責任だ。それは自己責任への議論のすり替えであって、危険国に勝手に渡航することとは訳が違う。職務で行かされる以上、最大限の安全を検討する責任を負うことは組織の役割であるはずだ。 では何を求めればよいか。現実的に我々が今求められることは、何をおいても記録を残すことだろう。つまり訪問した人間がどれくらいの放射線に被曝したかの概算を出しておくということだ。現状、予算・時間コストでもっとも現実的なやり方で構わない。もう少し強い言い方をすれば、なかったことにさせないということだ。原発で下働きをさせられていた人たちの中には、本人の証言によれば、雇用の登録がなされなかった( 『野宿労働者の原発被曝労働の実態』をテキスト化していただきました 山谷ブログ-野宿者・失業者運動報告-/ウェブリブログ )。そのため電力会社は何の補償もしていない。もちろん被曝量のデータもとっていない。したがってその死はある意味で無駄死にだったし、誰も責任を取る/取らせることができなかった。 記録を取らなければ何の対策も取りようがない。だからまず記録だけは取ることを義務付けて欲しい。放射線量が特に高く計測されている地域だけでよい。記録の方法は最低でも次のようなものか。 ・その日の出張先の空間放射線量(文科省発...

放射線を希釈する空気の力

喉元すぎれば熱さを忘れつつある今日この頃、放射線の脅威が日常の雰囲気の中で何倍にも希釈されて、何を言ってもしゃーねーし、な雰囲気を楽しめる日本すげえなと日々思いがつのりつつありますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。本日、職場で放射線をめぐるちょっとしたいさかいがあって、たぶんこれってうちだけじゃなくて日本全国同じなんだろうなあと思った次第。 要は、相馬市や福島市や郡山市に出張に行け、いや行かない、というそういう話です。出張に行けと命じる方は、「微量の放射線なら問題がないから行っても大丈夫」「行くかどうかは個人に選ばせるので、不愉快なら断ってよし」が論拠。放射線はたぶん危険(笑)だと思うけど、後は人それぞれの感覚を尊重しますよ、という空気読みまくりの日本らしい現場です。「行きません」と断言する人への、ああうるさいことを言うやつがいるという空気に続いて、「じゃあ私が行きます」という人が賞賛されかけたのでさすがに何人かでストップかけました。山本七平『空気の研究』(→ amazon )を読もう。僕は、まずこれは完全な欺瞞だと思います。なにこの泥を被った奴が偉いみたいな雰囲気。この場合の泥かぶりは百害あって一利なしです、と。 こういう空気を醸成しようとする背景には、放射線に関わる客観的な数値を一切自分で調べようとしない態度に貫徹された、ある種の人間主義があるなと思います。出張に行ってもらいたいと言った本人は「放射線のことは全然分からないので」と言い、しかし情に訴えるような熱弁を振るう。実際、低量放射線が体に与える影響について、データがないために公式の見解は出されていない、ゆえに巷で言われる「正しく怖がる」ことができないのは分かる。しかしどうせ分からないから、ということを、怖がってもしょうがない、調べてもしょうがない、だから大丈夫と転化させて行くのは人文系大学教員として素晴らしい態度だと思います。わずかの放射線でクドクド会議でうるさいことを言うやつがいるなあ、とこれまた日本的なニヤニヤ目配せをするやつがいてですね、「分かった分かった、じゃあ俺が行くよ」みたいな雰囲気です。ここは紛れもなく日本ですね。 相馬市や福島市や郡山市の放射線量は、公称値ではあるけれどもウェブで簡単に見ることができる。またボランティア組織が独自に計測した地表、1mなどの測定値も見ることができる。人体にどれく...

キラキラしてたりホグホグしてたり(マンガ)

今月は何があろうとマンガは大豊作だった。なぜならば何があろう冨樫義博『HUNTERxHUNTER(28)』(→ amazon )が発売されたから。「人間の底知れない悪意」がひとつテーマなのだけれど、冨樫は「底すら無い」とおっしゃる(時折言語感覚は近いけどそれ違う、がある)。ここで核兵器使っちゃって、29巻では放射能汚染が話のポイントになるわけで、いま発売すると不謹慎の批判が雨あられのようにあるかもないかも。 あるある?あるあるー。ないない?ないないー。と不謹慎なのは地獄のミサワ『カッコカワイイ宣言!2』(→ amazon )と『ヤング!ヤング!Fruits』(→ amazon )のせいです。フルーツのほうはご存知大人気ブログ「女に惚れさす名言集」(→ 地獄のミサワの「女に惚れさす名言集」 )から。個人的に笑いのつぼに入った作品が収録されておらず残念だが、くだらない描きおろしの対談などがある。 そして入江亜季『乱と灰色の世界3』(→ amazon )がキラキラしていてホグホグした。もう絵が大好きです。いい気持ちになる。マンガ的なオンとオフの切り替えも好き。総じて好き。なのだけれど、この巻は正直、中身がないにもほどがある。次の巻を期待しています。