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BiBTeXできた…(涙)

8年越しくらいにできたという話。実は、TeXで論文書いているくせにbibtexだけは放置していました。 ・著者名+年号+「論文タイトル」+掲載雑誌+号数 ・著者名+年号+「書籍タイトル」+出版社 というこれだけが欲しいというのに、8年くらい前に試行錯誤したときはうまく行かず、「別にTeXのマクロとかいじれるプロになるわけじゃなし」と諦めていたのでした。しかし本当はTeXの威力は組版の美しさと同じくらいかそれ以上に、作成した文献データベースからリストを吐き出したり、本文中に参照したりする機能が重要なのでした。これまでは、なんとbibtexだのciteだのを全く無視して、論文ごとに文献リストを作る(そしてたまにリストから文献を落として凹む)ということをやっていたのです。 そしたら今では、natbib.styという泣けるスタイルファイルが公開されているのですね(使い方は→ 文献の引用 )。素晴らしすぎる。ここの\citealp*{引用キー}を使えば、まず、本文における文献引用を「名前+年号」や、同じ著者が連続して引用する際に名前を省略ために2箇所以降を「年号」のみにする、といったことが表現できる。 しかも数年前には理系寄りのbstファイルばかりだったのが、もうちょっと人文系に優しいjecon.bst( 武田史郎のウェブサイト | jecon.bst: 経済学用BibTeXスタイルファイル )というのも公開されている。2009年公開だ…時代は進んでいたのですね。論文末尾につける文献リストから、年号の( )を取り去る方法など、かゆいところに手が届く仕様になっていて大変ありがたくて涙が比喩的に流れほとばしりました。 % year の前に付ける文字列 (日本語文献用) % FUNCTION {bst.year.pre.jp} { "" } % (default)←ここにあった「(」を取り去る % year の後に付ける文字列 (日本語文献用) % FUNCTION {bst.year.post.jp} { "" } % (default)←ここにあった「)」を取り去る …と書いてみればどうってことはないことだけれど、ここまで理解するのにマニュアル首っ引きでトライ&エラー。6時間くらい使ってるわ。 と...

自転車通勤絶賛の季節

自転車通勤絶賛の季節が数週間前から到来している。夏の間さぼっていた体力が少しずつ上がってきて、ようやく良い感じの疾走感になってきた。 昨年からMapMyRideで記録を残しつつ片道約3.8kmを通勤しているわけだが、たまの休みも入れて、ここまでのところ今年は約400kmの走行距離。今年の統計を見ると、雪が溶けて走りだして、夏になって嫌になって、また涼しくなって走りだしたのがもろわかりです(笑)。 本日、けっこう飛ばした感じで、信号でちょっと停止して時速21kmくらい。え?そんなもん?と思った。御年50いくつの中学校の時の恩師は、別に普通の感じで平均時速20数キロで琵琶湖一週とかやってて、結構速いもんだと思ってたけれど、やっぱり速いんじゃないかと思う。それか街乗りは、身体感覚に見合うほどにはどうしても平均速度が上がらないものなのか、あるいはMapMyRideの計測に問題があるのか。うーん。

Tex colortbl.styメモ

表がみづらいのをどうにかしようと色々工夫をしていた。ほとんど生データに近い形で出して、とも思ったが、自分でもうすうすと感じていたけれども、読みにくい表はだめだよなあ。ということで試行錯誤のうえ、否が応にも表の一部に網掛けをすることにした。実は、わたくしデビュー論文が完全版下原稿だったのだけれど、網掛けを使って大下手こいたことがあるのです。以来、網掛けはやるこっちゃねえなあと思っていたのでした。すなわち、網掛けを選んだことはある意味トラウマを乗り越える取り組みなわけですね(笑)。 そいで、TeX環境で編みかけといえば、ネットを探すとcolortbl.styを使えとある(情報元: LaTeXで表の中の一部のセルに網掛け: バトコの子のコトバ 、 colortbl.sty: TeX パッケージ 、 CTAN web interface: Directory listing for /macros/latex/contrib/colortbl )。問題は、これstyleファイルがDLできるのではなくて、自分で生成しなければならないのでした。 よく読めば書いてあるけれども、colortbl.insをTeXに一度かけるのですね。それで生成されたstyを適正な場所に置く、と。ネット上に落ちているソースをそのまま貼り付けて名前だけcolortbl.styにしてもダメだったので、メモしておきます。 なお、自分のミスに気づいたのはネット情報からではなくて、奥村センセの『改訂第5版 LaTeX2e美文書作成入門』のp.137に「colortblパッケージがない場合は、CTANの(略)からcolortbl.dtxとcolortbl.insをダウンロードして同じフォルダに置き、colortbl.insをTeXで処理すればcolortbl.styが得られます。」という記述を読んだからでした。いつも思いますが、 ネットから生半可な知識をゲットするだけではだめで、きちんと本を読むのが大事 ということです。いちおう、コマンドプロンプトでやったこととログを載せるという恥ずかしいことをしておきます! C:\colortbl\colortbl>tex colortbl.ins←同じフォルダに置く This is TeX, Version 3.1415926 (TeX Live 201...

IS05のルート奪取

IS05にてau one IDを取得したらなんだか絶対に使わないアプリがてんこ盛りになってしまった。動きが遅くなるのもアプリ一覧に余計なものが並んでいるのも嫌なので、root奪取のうえ、余計なアプリを停止することにした。僕のIS05のOSはandroid2.3.4、ベースバンドバージョンは01.01.03。 ここ(→ IS05 まとめ wiki - root化について )の手順に從う。上記マニュアルでは、IStweakでは「システムアプリケーション」によって余計なアプリを黙らせることができるとあるが、実際にやってみると「アプリケーションの凍結」にメニュー名が変更されているので注意。また、アプリケーションの凍結に進む際、ディレクトリ選択を迫られる。 /data/app グリー、グルーポン、着せ替えケータイ、サンシャイン王国、UNOHD、ニュースEX、太鼓の達人+、jive、Lismo Wave、助手席ナビ /system/app Gガイド番組表、ニュースと天気、Live Wallpaper Picker、 上記マニュアルにあるように強制終了→メニューから入り直しの連続を構わず続ける。IStweakから再起動を選んで、本体をリブート。起動するかドキドキすること数分…見事起動!ただし、停止させたはずのLismoが起動できない、というメッセージが出る(以後も通常利用中に時折ポップアップする)。これはいまのところ対処がわからないけれど、特に不具合はない。 その他、不具合が出るようだったら、ここに書き足すことにする。

鬼平・カムイ・光圀

近所のラーメン屋が、さいとう・たかを版『鬼平犯科帳』を豪華装丁版で(おそらく)全31巻をそろえた。以来、そのラーメン屋に通い続け、今日なんか「いつもありがとう、これサービス」とかいってお茶いただいたくらいの皆勤賞ぶりである。1回1時間の勝負で、まだ6巻。原作を読んでいないが、こんなにおっさんワールド全開なのだろうか。マンサンとかゴラクかという作風なので、まんま飲む・打つ・買うに殺し合い、忘れた頃に江戸の人情、とたたみかけるようなリズムによる攻勢である。こういうのがガツガツ読めてしまう程度に俺はおっさんになったのだ。 実は同僚にずっと前に借りた『カムイ伝』がなかなか進まず研究室の片隅に積んであり思い出した時に少し読み進める感じなので、内容がほとんど掴み取れていないながらも、「江戸の人情は小粋だが百姓と非人はこんな江戸を見ていない」、変なブレーキを時折かけつつラーメン屋通いの日々を送る。 で、今日は別エントリの朔ユキ蔵と一緒に三宅乱丈『光圀伝(1)』(→ amazon )を購入。冲方丁原作だからそっちを読めばいいとか言わない。それはそれ。別に光圀が好きなのではなくて三宅乱丈だから。『秘密の新選組』だって幕末好きなのは司馬遼太郎好きなおっさんくらいなのであって、三宅乱丈だから(あ!最終巻出てたの知らなかった)。『ぶっせん』『マチコ船』『北極警備隊』とかやってたころの突き抜けたギャグ期以来、なにかと読んでて苦しくなる作風を貫く三宅乱丈だから!

朔ユキ蔵『お慕い申し上げます』

朔ユキ蔵『お慕い申し上げます(2)』(→ amazon )、2巻だけ書店にあったから買って読む。1巻はまだ。しかし、またきっつい作品を書いているということはよく分かった。2巻からなので背景はよくわからないけれど、志高い坊さんになろうとしている登場人物?と色欲の眼差しの対象となる住み着いた女性、今度は仏教ベースで罪と性欲をキリキリ舞わせるみたい。3巻は憎しみがテーマであるとか。見たところメインの登場人物は3人で、それぞれの視点から葛藤が描かれるようだ。 朔ユキ蔵は寂聴とか今東光の跡を継ごうとしているのか、という勢い。アマゾンで1巻の様子を探ると、お色気コメディと受け取られるような煽りがあるけれど(悶々ライフ!)、もっとえぐられる黒さがあるので、うっかり購入してうずくまる読者が増えればいいと思う。 前作『黒髪のヘルガ』(→ amazon )では性と汚れ、嫉妬と拘束をファンタジーとして描く離れ業をやってのけ、今度はそれを宗教的信仰心の「起こり」としての局面で描こうとしている。朔ユキ蔵の作品を時系列に並べると、たぶんなんというか魂の階梯(笑)を一歩ずつ登ってゆくようすが見て取れるのではないかと思うわけです。 *参考:niji wo mita: 朔ユキ蔵『黒髪のヘルガ』 http://njmnjm.blogspot.jp/2011/09/blog-post.html

川上郁雄『私も「移動する子ども」だった』

川上郁雄『異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー 私も「移動する子ども」だった』(→ amazon )読了。「移動する子ども」というのは、両親あるいはどちらかを非日本語圏に持つ、あるいは非日本語圏と日本語圏を自ら移動した経験のある子どもをさしている。「ハーフ(ダブル)」など血統を惹起させることばを使わず、移動とそれに伴う多言語体験は社会構築的なものだ、ということを意味づけるうまいフレーズだと思う。 著者は日本語教育学の方。本書の内容は子どもが言語習得をしていく過程には、社会的文脈に沿った言葉への価値付けが大きく作用する、ということのケーススタディであるように読めた。そこがたぶん、日本に生きる「移動する子ども」たちへの救いのメッセージなのだろう。僕もこの手のことをよく考える時期にこの本に出会っていたら、これまでのブログエントリもまた違った感触になっていただろうなあと思う。 本書の構成は、第一部を「幼少の頃、日本国外で暮らし、日本に来た」ケース、第二部を「幼少の頃から日本で暮らし、複数の言語の中で成長した」ケースとする。第一部には、セインカミュ、一青妙、華恵、白倉キッサダー、響彬斗・一真、第二部にはコウケンテツ、フィフィ、長谷川アーリアジャスール、NAMの各氏。インタビューと川上氏による談話の意味付けが交互に続く構成。 ここで選ばれている人たちの特徴は何なのか、と読み終わって考えるに、全員が幼少の頃にバイリンガル教育に「失敗」していることにあると気づいた時、これだけのメンバーへのインタビューをお集めになったものだと著者に敬服した。本書は、それでも別に大丈夫だよ、と呼びかけている。みな親から日本語ではない言葉を学ぶよう誘導されるが、子どもはその言葉が社会的にどう価値付けされているかにとても敏感で、たとえば「◯◯語はかっこわるいから使いたくない」だとか「英語はなんか役に立ちそうだから」といって成長の度合いに応じて言葉を値踏みする。母語継承の取り組みが子どもにとっては「大きなお世話」になりがちで、でも言葉にはすでに社会的な「ランキング」が刻まれているからこそ、逆に言えば「大きなお世話」のような「不自然」なことをしなければ言葉は継承されないということでもある。しかし、本書でも、あるいは私が見聞きするケースでも、たいていはこうした取り組みは「失敗」に...