同僚においしいパン屋を教わったので、さっそく試してみた。店内にはカフェも設けられている、いわゆるコジャレまくりなお店で、レジ打ちの女性も、いかにもといった感じで雇用者の「コジャレパン屋ステレオタイプ」がよく分かる体裁となっている。これが見るからにうまそうで、食べる前から予定調和的に「やっぱりおいしかったです」と言うのが分かり切っているつまらなさもあるのだけど、ともあれ何故に僕はこうまでゴタクを言いたがるのかというと、理由がないわけではない。 杉並で貧乏生活をしていたとき(今も大して変わらないけど)よくお世話になっていたパン屋があった。サンドイッチが2ピースで120円、しかもお野菜たっぷりで、家庭で作るような水分でしなしなになった感じの、商品を並べているお店だった。パンの耳ご自由にお持ちください、は当然のこと、それを揚げて砂糖をまぶした子どものお菓子を一袋30円で売るようなお店だよ。パン屋なのに割烹着を着たおばあちゃんが店番をしているようなお店だ。ところがある日、その数十センチも離れていない鄰に、本場で修行しましたみたいな、普通の小麦粉でいいだろうというところに全粒粉とか使ってみせる、いちいちメニューの下に素材を書き記してアレルギーにご注意くださいと先進ぶる、もちろん味にも自信があって、そして恥知らずにも道ばたにバターのいいにおいをまき散らすような、そんな訴求力のある商品くささを垂れ流すコジャレたパン屋ができてしまった。そういう仁義なき戦いは自由が丘とかそういうところで勝手にやれよ!ここは新宿線沿いの比較的低所得層が住む場所なんだよゴラ!と妻と二人で気炎を上げていた。僕と妻は、絶対その店で買わないぞと、たった二人の力なき不買運動を展開することになった。 しばらくお世話になっていたパン屋に通い続けると、明らかに客足が遠のいているようで、夕方に入ってもあの売れ筋サンドイッチが残っている。自由にお持ちくださいのパンの耳もいつの間にかやらなくなってしまっている。砂糖をまぶしたパンの耳を揚げたものは、ビニール袋のなかで古そうな油がしみ出している。だれがみても斜陽である上に、そのお店の同じく割烹着を着た若女将の盛り盛りのおしろい(丸尾末広の描く昭和の女性みたいな感じの怪しい色気がある)が、ナチュラルメイクとかじゃない方向に明らかに薄くなってきていて、化粧をしないで店に立つこともあ...
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