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非常に微妙な話

4月2日の記事、非常にデリケートな問題を茶化して書くべきではなかったと今になって反省。背景も情報も十分にここには記していないので(っつかさすがにできない)、ある種のポジショントークに見えてしまったかもしれないことも反省(コメントくださった方、コメントはありがたく思うけれど、そんなわけでちょっと事情は違うのよ)。

でも書いた責任もあるので、少しだけ記しておく。政治レベルで日本と某国の関係がどう転ぼうと、草の根レベルでの交流は人と人の努力で続けられるもの。そこへ国の論理や筋論を持ち込まざるを得なかった時に、それはそれとして受け入れたとしても、なお交流を続けるための誠意と説明がそこにあるのかということを心配していたのだった。「日本だから」というコメントもいただいたが、友好関係を続けることに尽力してきた出席者の顔が見えているときに、説明のない慣例を続けるのは悪意と取られても仕方のないことだと思うし、筋論はあまりに誠意がないと思う。

うん、しかし、この件は実は決着がついた。結論からいえばある部分ではこの件についてすでに互いの了解が取れているようだったし、取れていない部分については誠意のある説明をする準備があるということだった。つまり、たぶんこれって、互いの気持ちは分かっている、だからこそあえて深く突っ込み合わない領域がある、というような話で、根本的に大事ことがあることはそれとは別に了解し合えているからいいんだ、という微妙なラインの話の付け方だろうと思う。若僧心配すんな、俺たちは大丈夫だからと言われた気持ち。実際大丈夫かどうかは知らないが、トップの心意気に応じないのも人として野暮ではないかと。あちらもこちらも、ついでにそちらも立てるにはこういうやり方しかないのだなと思った。

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