松本克己・世界言語のなかの日本語(2007.12.19)の続き。
松本克己『世界言語のなかの日本語 日本語系統論の新たな地平』(→amazon)をようやっと全部読み終えた。すごい本だったので、改めてメモ。本書は日本語のみならず、言語の系統を語る上で必ず触れねばならない一冊になるだろうと思った。本書の醍醐味は、以下の4点にある。
つまり、実証された帰結に基づいて理論を構築し、未解明だった言語事象に理論的推測を加えているのが面白かった。理論的推測を加えるというくだりは、まるで物理学の理論が現実を先取りしているかのようなスリリングさがあった。言語地図は、前回の記事でも触れたように、比較言語学で用いられる音(音韻対応)ではなくて、以下の9つの変化しにくい要素をもとに描かれている。
それぞれの項目ごとに言語地図を描くと、ユーラシア内陸言語圏と環太平洋言語圏とに世界の言語が分けられるというが、細かい事象の検証はさておくとして、みごとに分布が一致している。日本語の祖先は環太平洋言語圏に属することになるので、長年言われてきたアルタイ説=大陸由来説はこれで明確に否定されたことになろう。もっともこの結論は本質的な意味での親族関係について述べられているのであって、語彙の借用関係についてまで否定しているわけではないから、そのような意味での大陸言語との関係まで否定されたわけではない。
こうして得られた理論的手がかりから、ミクロな事象を説明するくだりが面白い。たくさんあるが、2つだけ触れる。1つは上代日本語に存在する2系統の1人称、すなわちア・アレ/ワ・ワレ(従来は前者が単数形、後者が複数形ではないかとされていた)が、後者は本来的には包括人称として用いられた可能性があるということ。もう1つは、従来系統論が明らかにするところでは漢語はシナ・チベット系とされるのに、本書の分類ではチベットはユーラシア内陸言語圏、漢語は環太平洋言語圏に分類されていること。これは漢語を両者の混合、すなわちいわゆるクレオールであると推定していることによる。孤立語的な単純化、SVOの語順などが手がかりとなっている。
また、素直な感想として2点。
著者はこの研究を10年でここまで進めている。先行研究を綿密に読み解き総合的な解釈を加えることで成立している研究であるから、10年という速さは理解できなくはないけれども、それにしても論じられていることの大きさからいえばすごいスピードかも、と思った。それから、改めて言語宇宙?の多様さに感動。言語が世界の見方を決定するというサピア・ウォーフのお馴染みの仮説が、よりリアルに感じられた。当たり前だけど、想像もしない(つまり勉強不足が露呈しているだけともいえるが)言語形式を持つことばってたくさんある。なんのかんのと、やっぱりヨーロッパの言語理論だけではみえない事象があるということを、肌感覚としては忘れがちなので自戒としたい。
同著者による『世界言語への視座 歴史言語学と言語類型論』(→amazon)も買ってあるので、楽しみー。
松本克己『世界言語のなかの日本語 日本語系統論の新たな地平』(→amazon)をようやっと全部読み終えた。すごい本だったので、改めてメモ。本書は日本語のみならず、言語の系統を語る上で必ず触れねばならない一冊になるだろうと思った。本書の醍醐味は、以下の4点にある。
- 比較言語学では到達できない1万年以上前の親族関係まで射程に入れていること
- 現存する言語資料を可能な限り用いて、地球上の言語の地理的分布を描こうとしていること(マクロ的視点を得ようとしていること)
- マクロ的視点による整合性を手がかりに、親族関係を推定していること
- マクロ的視点による整合性を手がかりに、ミクロな現象を説明しようとしていること
つまり、実証された帰結に基づいて理論を構築し、未解明だった言語事象に理論的推測を加えているのが面白かった。理論的推測を加えるというくだりは、まるで物理学の理論が現実を先取りしているかのようなスリリングさがあった。言語地図は、前回の記事でも触れたように、比較言語学で用いられる音(音韻対応)ではなくて、以下の9つの変化しにくい要素をもとに描かれている。
- 流音のタイプ…l/rの区別をするか(複式流音型)、区別しないか(単式流音型)、l/rを持たないか(欠如型)
- 形容詞のタイプ…動詞に近いか(形容詞体言型)、名詞に近いか(形容詞体言型)
- 名詞の数のカテゴリー…名詞の複数を表すカテゴリーが、文法的に義務付けられているか否か
- 名詞の類別タイプ…名詞の意味カテゴリを性などのクラスで区別するか(名詞類別型)、数詞や指示詞で区別するか(数詞類別型)
- 造語法の手段としての重複…「山々」「人々」などのように反復による造語法があるか否か
- 動詞の人称表示…動詞の人称表示の際に主語以外に目的語人称なども表すか(多項型人称表示)、主語人称だけ表すか(単項型人称表示)、動詞で人称表示をしない(人称無標示型)
- 名詞の格表示…名詞の側で表示する文法格は、対格型か、能格型か、中立型か
- 一人称複数の包含・除外の区別または包括人称…聞き手を含む(包含形)と聞き手を含まない(除外形)の区別を持つか否か
- 人称名詞の枠組み…人称名詞の語根がそれぞれ、1人称*m-(*b-)2人称*t-(*s-)か、1人称*k-/*n-2人称*m-包括人称*t-あるいは*b-/*w-か
それぞれの項目ごとに言語地図を描くと、ユーラシア内陸言語圏と環太平洋言語圏とに世界の言語が分けられるというが、細かい事象の検証はさておくとして、みごとに分布が一致している。日本語の祖先は環太平洋言語圏に属することになるので、長年言われてきたアルタイ説=大陸由来説はこれで明確に否定されたことになろう。もっともこの結論は本質的な意味での親族関係について述べられているのであって、語彙の借用関係についてまで否定しているわけではないから、そのような意味での大陸言語との関係まで否定されたわけではない。
こうして得られた理論的手がかりから、ミクロな事象を説明するくだりが面白い。たくさんあるが、2つだけ触れる。1つは上代日本語に存在する2系統の1人称、すなわちア・アレ/ワ・ワレ(従来は前者が単数形、後者が複数形ではないかとされていた)が、後者は本来的には包括人称として用いられた可能性があるということ。もう1つは、従来系統論が明らかにするところでは漢語はシナ・チベット系とされるのに、本書の分類ではチベットはユーラシア内陸言語圏、漢語は環太平洋言語圏に分類されていること。これは漢語を両者の混合、すなわちいわゆるクレオールであると推定していることによる。孤立語的な単純化、SVOの語順などが手がかりとなっている。
また、素直な感想として2点。
著者はこの研究を10年でここまで進めている。先行研究を綿密に読み解き総合的な解釈を加えることで成立している研究であるから、10年という速さは理解できなくはないけれども、それにしても論じられていることの大きさからいえばすごいスピードかも、と思った。それから、改めて言語宇宙?の多様さに感動。言語が世界の見方を決定するというサピア・ウォーフのお馴染みの仮説が、よりリアルに感じられた。当たり前だけど、想像もしない(つまり勉強不足が露呈しているだけともいえるが)言語形式を持つことばってたくさんある。なんのかんのと、やっぱりヨーロッパの言語理論だけではみえない事象があるということを、肌感覚としては忘れがちなので自戒としたい。
同著者による『世界言語への視座 歴史言語学と言語類型論』(→amazon)も買ってあるので、楽しみー。
コメント