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2009年8月20日ごろのこと

僕はほとんど毎日夢を見たことを記憶しているほうで(夢の内容ではなく見たこと自体)、夢の印象で一日のテンションが左右されることもあったりする。ただいくつか覚えている夢もある。というのも、パターン化というかシリーズ化している夢があるからだ。友人のシミズにも聞いたことがあるが、繰り返し見る夢の型みたいなものがあるというから、多くの人にあることなのかもしれない。二人とも共通しているのは悪夢のパターンなので、小さいころ何かあったのかなと思う。

僕が見る悪夢のパターンにタイトルをつけるとするなら、「ぜったいに開けてはいけない家の奥の扉」になるだろう。夢の中で僕は子供になっていて、ぜったいに開けてはいけないと知っている扉がある家で暮らしている。その扉を開けたら家族がめちゃめちゃになることを知っている。扉は地下室に通じている場合もあるし、倉庫に通じている場合もあるし、屋根裏に通じていることもあるが、万一開けてしまったらとてつもなく悪いことが起こってみんな死ぬのだ。そしてその原因はかつて家族が行ったとても恐ろしい秘密とつながっている。それはぜったいに知られてはいけない。しかし扉を開けたらその秘密がばれて、秘密が生み出したとてつもなく悪いことが外に飛び出して、みんな死ぬのだ。こんな感じのストーリーがいつもテーマとなりバリエーション豊かに肉付けされ繰り返し繰り返し変奏される。夢の最後はいつも扉を好奇心で開けてしまう。だいたいそこで目が覚める。目が覚めると絶望的な気持ちになっている。もう何もかも終わった、もうみんな死ぬんだと思う。起きてしばらくして、ああこれは夢だったんだ、助かった、と思うが一日のテンションはどん底。

2003年のころ、初めてシミズにその話をして、これは一体何なんだろう、何かすさまじい秘密を両親は抱えているのではないかと笑い話をしたことがある。以後もそんな夢を見続けた。いい年して、絶望感で目が覚める、みたいな。

そのカラクリが、今年の8月20日にたまたまネットで妖怪人間ベムの新しいシリーズの存在を知って、昔を思い出しているときに分かった。これって妖怪人間ベムの第3話なんだ!どう考えても第3話としか思えない符合ぶり。鳥肌が立った。何十年も僕を不安に陥れてきた夢の正体見たり枯れすすき。次にこの夢を見た時には、僕はベムのステッキ、ベラのムチ、ベロの爪で扉の中にあるものをテッテ的に打ち壊すだろう。呪いの物語は終焉を迎え、家族は子供向けアニメのような予定調和でテッテ的に平穏を取り戻すのだ。

さようなら悪夢。

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